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願い星、何処の宙を駆けゆくか

「わたいらの若いころは、帚星なんて見るもんじゃない、ってね。大人たちまで血相変えて蒲団のなかに潜り込んで、ガタガタいっていたもんさ」
 紫の着物をゆったり身につけ、のんびりとそう話すのは、本家随一の長生きをうたわれていたイサヨおばあちゃんだ。
「そうだったのぉ? あたしたちはハレー彗星見るんだ、って天体望遠鏡買った同級生やら、星空模様のナイトスタンドにまで彗星柄があって……肖像権とか言い出したら、きっとあのときのハレー彗星は大もうけだったろうねえ」
 あたたかそうなニットワンピース姿でそんな冗談を口にするのは、するどいのかとぼけているのか分からないサヤおばあちゃん。
「あんたは暢気でいいわよねえ……わたしらなんか、ね」
「戦時中だからそんなどころじゃなかった、でしょ?」
 すこしだけ愚痴っぽいナツおばあちゃんを、双子の妹のアキおばあちゃんが制する。
「今はね、のんびりなんの気兼ねもなく、宙を駆けていく流星群を見てたっておとがめなし、の世のなかなんだからさあ、楽しまなきゃソンよ、ソン」
 アキおばあちゃんの言葉に、「そういうもんかねえ」とイサヨおばあちゃんはうなずいたあとで。
「そういえば、わたいは流れ星に願いごとをかけるとかなう、って聞いたことがあるんだけど、流れ星と帚星ってのは、なんか違うのかい?」
 ぐるり、一座にそう問いかけてきた。
「よく分からないけど、違うんじゃないかなあ」
「ほら、彗星よりは流れ星のほうが、地上からこうして見られる確率は高いと思うの」
「そうそう、お願いごとの話だけどもね、流れ星が過ぎるまでに三回言わなきゃダメなのよ」
「わたし、高校生の頃に挑戦したら思いっきり舌噛んじゃったわ!」
 おばあちゃんたちの話に花が咲いているあいだに、僕はブランケットを肩にかけ、夜空を背伸びがちに見上げた。
 秋から冬への引き継ぎに余念のない夜のなか、地上のヒトがつけた等級なぞお構いなしに、色とりどりの星々がまたたいている。街灯に邪魔されることなく、今、こうして見上げているたくさんの光は、それこそ何万年以上も──ヒトの寿命からしたら、途方もないくらいずっと前のものだ。そんなひろいひろい宇宙のなかを漂う、ちいさな塵が地球の近くをすうっと駆けていった証が流れ星で──
 一期一会、という言葉がほんとうにだと思い知らされる、自然との不思議な出逢い。だからこそ、この出逢いは自分の感覚として、かっきり覚えていたい。
 ──……そうやって、いつかの僕はいろんなことをたくさん、たくさん望んだからだろうか。
「風邪などひかない、と分かっているのに、ずいぶんとヒトの少年らしいしぐさが身についてますね──リウ・0017」
 後ろから声をかけてきたのは、僕の秘書──というか、お目付役のアンドロイド、セイ・0135。
一年365日、けっしてブレることなくいつでも理知的なその声に、うん、と僕はうなずいた。
「たぶん、いつかの僕が抱いていた、いろいろな望みを僕はなぞってみているだけなんだけどね──ゴッドマザーのようなおばあちゃんたちの昔話を、ときに膝枕しながら、ときにコタツで足をぷらぷらさせながら、たくさん聞かせてもらうこと」
 星を見上げて話し込む、四人のおばあちゃんたちも──僕と同じように、あんまり精巧に作られすぎて、ぱっと見はほんとのヒトと区別がつかないアンドロイド。でも、モデルとなったひとたちにまつわる記憶を受けついで、そのまましっかりおしゃべりしているおばあちゃんたちは、もはや自分たちがアンドロイドだということさえ、忘れてしまっているような気もするけれど。
「そして、ただのんきに流星群を見上げること……できれば、だいすきなみんなと」
 縦横無尽に夜空を馳せ、いっときの光を放って去って行く星たち。はかなくも美しいその景色が訪れる日を計算で出せるようにはなっても、天候次第で相まみえることはかなわない。そんな、自然のきまぐれのなせるわざを、たしかにこの目で見届けたいと願い続けながら、とうとう研究室の壁のなかで生涯を終えた、いつかの僕──藍崎流博士の持てる技術の粋を注ぎ込み、才能や記憶や遺伝子やいろんな思いや構想をかたちどってつくられた僕。
 これでまたひとつ、オリジナルの願いを叶えてあげたようなもの、なのかなあ。
 伝令のように夜空を行き交う流星群を見ているうちに、ふときざした思い。
それが、僕の内にぱちぱちと誘発させたのは──……
(いつだったかマンガで見たけれど……このひろい宇宙のどこかに、僕の立つこの地上と似ていながら、すこしだけズレた世界がいくつもある、と描いてあったっけ。もしそうなら……いつかの僕、オリジナルの僕である藍崎流が、十一月の冷える夜気に震えながら、自分の目でしっかりと、あわただしくもきれいな流星群を見届けられますように)
 立て板に水でまくし立ててしかるべき三回分を一回分に凝縮した祈りを、僕はひときわ早駆けの流星に撃ち込むようにして託していた。


                  #ノベルバー  Day17 流星群

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