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三面鏡

 その日も母に叱られて泣いていた。
「ホントにもう!なんでこんなことが出来ないの!」「何やらせても遅いんだから」キツいことばが頭の上から降ってくる。
こんなに叱られてばかりでお母さんはわたしを嫌いなんだ、もしかしたらお母さんの子供じゃないかもしれない。泣きながら母の部屋にある三面鏡を開けてみた。

両側の鏡を閉じるように顔を突っ込むとたくさんのわたしがわたしを覗き込むように迎えてくれる。
「どうしたの?」正面に映るわたしが話しかける。
「あのね、お茶碗洗っておこうと思ったらフライパンが落っこちてコップが割れて叱られたの」…コップを先に洗うでしょ!毎日何を見てるの!思い出すとまた涙が溢れてくる。

「こっちに来てみない?」奥から3番目のわたしが声をかけた。
「え?でもお母さんが…」「大丈夫よ、お買い物から帰る頃にそっちに戻ればいい。」
お留守番の間にお風呂掃除を言い付けられたのも忘れて鏡の中に入って行くと…。

わあっとわたしが集まってきた。
初めての世界だったけど、知った顔ばかりの安心感からお喋りしたりおやつを食べたり時間の経つのも忘れていた。

~ガチャ~
「あ!お母さん帰ってきた!戻らないとまた叱られちゃう!」
「そうね、3番が戻ってくるのを待ってて」
どうやらわたしを誘ったわたしが身代わりになってたらしい。
 ほどなくして戻った3番と入れ替わって部屋に戻り「ごめんなさい!お風呂掃除は今からします。」
「何を言ってるの?もう済んでるじゃない、お米も研いでくれたのね。助かるわ、ありがとう」…キツネにつままれたような思いでいたものの、母にありがとうと言われたのは初めてのような気がして嬉しくて次の日から三面鏡に遊びに行くのが日課になっていった。
身代わりに部屋に行くのも決まって奥から3番目のあの子だ。
 居心地が良いのは鏡の中だけではない、母に叱られることもぐんと減ったのだ。

 そんなある日、正面のわたしが真面目な顔をして、ここに来るのは今日が最後と言う。
「どうして?」驚くわたしの手を取って「その手をよく見てごらんなさい」
え?と思って見ると少し小指が薄く見えてきた。
「3番ちゃんがあなたと入れ替わりたいと願い始めたからよ。」
 それは困るけど、ここに来られなくなったらまた叱られる日が始まる。
泣き顔のわたしに正面ちゃんが「自信持ちなさい、出来る事も増えたでしょ?お母さんはあなたが嫌いで叱ってたんじゃない、だってお母さんも昔ここに来てたもの」「ほんとに!?」母も昔、鏡の中に来ていた、そして全てわかっていた。「小さい頃の自分を見てるみたいでね」そう母は話していたらしい。

「3番ちゃんの事は任せて。但し次の満月までここは開けてはダメよ」そう言い残して三面鏡は閉まった。

 三面鏡を開けたい誘惑を抑えて過ごしていたある夜、ベランダの月明かりに指をかざしてみると指はすっかり元通りになっていた。

もう大丈夫、わたしはわたし。

(1198文字)

★冬ピリカに続きましての応募です。
審査員の皆さま、よろしくお願いいたします。幼少期の自分、まぁ今もですけどコンプレックスの塊だったのでよく三面鏡に向けて話していました。拙い物語ではありますが、そんな自分のココロを解放したような感覚です。
しかしスマホでも文字数が出るようになって良かった…前回は自分で数えてたもんで😅

お読みくださりありがとうございました!



 

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