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地域から広がる行政とデザイン

行政とデザインの取り組みとして英国、デンマーク、米国や台湾など、比較的、海外の取り組みについて事例が紹介されている印象があります。しかし日本でも行政分野におけるデザイン思考を推進する気運は高まっており、政府はデジタル・ガバメント実行計画を策定し、「サービスデザイン思考」の導入を推進しています。自治体では、滋賀県福井県などがデザイン思考を実践する組織を立ち上げ、取り組みを進めています。 昨年の 4 月には政府 CIO から、ディスカッションペーパーとして「行政機関におけるサービスデザインの利活用と優良事例」が公開されています。
※Policy Lab. Shigaの活動は終了しましたが、現在は県庁の方で新たな取り組みを行なっています

今回はそんな行政とデザインの取り組みについて個人的に気になった事例をご紹介したいと思います。こんなこともデザインなの?と思う事例もあると思いますが、あくまでも私がデザインだと思っている事例だということをご承知ください。

島根県安来市安来町の事例:えーひだカンパニー株式会社の設立

安来市広瀬町比田地区では、有志で「いきいき比田の里活性化プロジェクト」を立ち上げ、「比田が10年後も住みよい町であり続けるためのしくみづくり」をテーマに、比田地区の将来の設計図である地域ビジョンづくりに取り組んできました。

地域ビジョンをまとめるにあたり、全世帯を対象としたアンケートやワークショップを行い、様々な世代からの意見集約に努めた結果、1469 個もの地域活性化に向けたアイデアが集まり、これをプロジェクトメンバーで整理し、4 つの柱、88 の戦略プランからなる地域ビジョンが平成 28 年 3 月に完成させました。

出典:比田地域ビジョン概要版
出典:比田地域ビジョン概要版

比田地域ビジョンの実現に向けた任意組織“え~ひだカンパニー”を、平成29年3月にえーひだカンパニー株式会社として法人化。地域ビジョンで掲げる理念を基盤に、自治機能(行政に頼らず地域で町づくりを行う機能)と生産機能(自治機能を発揮するために必要となる財源を地域内で自立的に生み出す機能)を合わせ持った、住民による住民のための株式会社として、生活環境、福祉、産業、観光など多岐にわたる分野で、比田地域の活性化に向けて事業を展開していきます。

えーひだカンパニー株式会社
http://www.dojyokko.ne.jp/~ikiikihida/

最初は、住民有志が 73 名の任意組織でしたが、行政からの補助金やボランティアに頼ることなく、住民による住民のための株式会社を設立しています。住民参加の地域総合計画やビジョン作りの事例はたくさんありますが、策定して終わりではなく、そこから実際に行動に落としこむために、住民主体の株式会社を設立した、ということでとても珍しい事例だと思います。
最近では EC 事業や、自社ブランドの日本酒「たたらの風」を販売してるみたいですね。
純米吟醸酒 たたらの風 4合 - え~ひだ市場

比田の地で育てられた島根県新品種酒米「縁の舞」を使用した純米吟醸『たたらの風』がまもなく販売開始となります。
地域ビジョンの№23に掲げている『比田産の酒米で日本酒づくり』がいよいよビジョン達成となります!

http://www.dojyokko.ne.jp/~ikiikihida/company.html

実際に地域ビジョンを達成しているので、言葉だけでなく実行していくぞとという姿勢に説得力があります。また、えーひだカンパニーの取り組みは、地元の子供たちの情操教育のにも役立っており、まさに住民による住民のための株式会社という言葉がふさわしいように感じます。

第17 回金融教育に関する小論文・実践報告コンクール 優秀賞
実践報告部門
えーひだカンパニー Kids の活動を通して 比田の未来を考える ~えーひだサマーフェスタ出店プロジェクト~https://www.shiruporuto.jp/public/document/container/concours_kyoin/2020/pdf/20kyoin003.pdf

他にも、島根県では「小さな拠点づくり事例集」を発行しているので気になる人は見てみるといいかもしれません。

県内の中山間地域では、若年層を中心とした人口の流出、高齢化の進行により地域を支える人材の不足が深刻化し地域コミュニティの維持や買い物、金融、医療、介護など日常生活に必要な機能・サービスの確保が困難な集落が増えています。
このような中、今後も安心して中山間地域に住み続けることができるよう県民の皆さまが主体となって、生活機能の維持・確保など地域運営の仕組みづくりを行う「小さな拠点づくり」が進められてきました。県では、今後も市町村と連携を図りながら県民の皆さまが取り組む「小さな拠点づくり」を支援していきたいと考えています。
このたび、既に取組を進めている地域の活動の内容やプロセスなどをまとめた「小さな拠点づくり事例集」を作成しました。県民の皆さまをはじめ「小さな拠点づくり」に取り組む方々の参考資料としてぜひご活用ください。

https://www.pref.shimane.lg.jp/life/region/chiiki/chusankan/go_on/chiisanakyotendukurijireisyu.html

三重県の事例:参加型予算の取組み「みんつく予算」


参加型予算という言葉を聞いたことない方は、下記をご覧ください。

住民に身近な存在である地方自治体では、住民(市民)が政策過程の諸段階に自発的に関与する「参加」が重要である。このため、公職選挙での投票だけでなく、直接的な参加の制度として、住民投票、請願、公聴会や説明会、情報公開、アンケート、パブリック・コメントなどが用意されている。参加型予算(Citizen Participatory Budgeting)は、行政の資源配分を決める重要な政策過程である予算編成に市民が直接関与する仕組みであり、市民の意思を行政活動に直接的に反映できる方法として注目される。首長の予算編成権は事業実施部局と査定部局との議論で具体化されるが、職員同士の折衝が中心であり、そこに市民が参加する機会は多くない。しかし、近年の市民のニーズの多様化、複雑化に伴い、市民の声を予算編成に直接取り入れる必要性が高まっている。

三重県庁の参加型予算「みんつく予算」の取組について
https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202005/202005j.html

つまり、自治体の予算配分を自治体職員ではなく、その自治体に住む住民が決める制度です。ブラジルのポルトアレグレ市で1989年に始まり、その後ブラジル各地のみならずウルグアイやアルゼンチンなどの南米諸国や、スペイン・フランス・ドイツなどヨーロッパ諸国、アメリカ、カナダ、韓国にも広がりを見せています。三重県ではこの参加型予算(みんつく予算)の取り組みを令和2年から行なっています。

「みんつく予算」の目的は、県民の新たな発想や身近な問題意識を事業の構築に取り入れ、事業の質の向上や限られた資源の有効活用を図ること。
予算の使い道について県民の理解、共感及び納得性を高めながら、参画を促すことです。

「みんつく予算」の流れは、「事業提案の募集」「意見募集」「事業に対する投票」「事業選定」「予算編成」のように決まります。
この中で、市民参加の機会は、「事業提案の募集」と「事業に対する投票」になります。

画像:県民参加型予算「みんなでつくろか みえの予算」(みんつく予算)県民の皆さんによる「投票」を実施します!より引用

令和3年の募集テーマは「感染症防止対策と社会経済活動を両立しながら、三重を明るい未来へと導くアイデア」です。
上記テーマに基づく、6つのカテゴリーからアイデアを募集しました。
【カテゴリー】
①県民の命を守り抜く感染拡大の防止
②雇用の維持と新しい働き方
③地域経済の再生と進化
④安全・安心な暮らしの再構築
⑤分断と軋轢からの脱却
⑥新たな人材育成への転換

提案数は 320 件になり、320 件の中からみんつく討議県民投票を経て、13 事業になりました。

「投票」結果の概要
(1)投票者数1,790人(うち有効投票にかかる投票者数1,769人)
(2)投票総数4,361票(うち有効得票数4,312票)
参照:令和3年度県民参加型予算「みんなでつくろか みえの予算」 県民の皆さんによる投票結果

「みんつく予算」採択事業の提案者に対しては、知事から感謝状が贈呈されます。知事から感謝状があることで、ちゃんと県として推進している取り組みだということが感じられます。

令和3年度県民参加型予算(「みんつく予算」)感謝状贈呈式を行います

また、三重県では「みえDXアイデアボックス」を活用し、みんなの想いや、三重県のデジタル社会の形成に必要なアイデア、三重県が抱える諸問題に対するアイデアを広く募集しています。
余談になりますが、このアイデアボックスの仕組みはデジタル庁でも使われており、国連のGlobal E-Participation Workshop紹介されました

画像:みえDXアイデアボックス アイデア一覧より引用

このように三重県では参加型予算やアイデアボックスを活用し、市民の意見を広く募集し、県政に取り入れようとしています。日本で参加型予算の普及は進んでいないため、今後三重県がどのような判断をしていくのかが楽しみです。

市民参加のデザイン

上記の2つの取り組みはいずれも市民参加のデザインになります。島根県安来市安来町の事例は、ローカルでステークホルダーの合意形成をとり、ワークショップを行い、住民を巻き込み、住民の主体性を醸成し地域づくりを進めている事例。三重県の事例は、デジタルを活用し市民参加の障壁を低くし、経過やアイデアボックスでのコメントや知事の感謝状など、自分の行いに対するレスポンスを示し、自分ごと化を促して地域づくりを進めている事例になります。
デジタルな取り組み、アナログな取り組みいずれにしても、重要になってくるのが、住民の主体的な参加意欲です。この参加意欲をどのようにデザインするか。
例えば、シティズンシップは日本教育学会、シビックプライドは日本マーケティング学会、市民参加やコミュニティ形成は日本建築学会(日本デザイン学会や地域デザイン学会もあります。)このように市民参加だけでも関係しような学会は結構あり、それぞれで手法や方法論が提案されています。そう考えると大変そうですね。

そもそも市民という言葉には「主体的に政治に参加する人」という意味が含まれます。そのため、主体的に参加しない人は市民ではないとも言えます。

出典:森村進 (2001)自由はどこまで可能か=リバタリアニズム入門 (講談社)

私たちは本当に市民になっているのでしょうか?

(執筆者:稲葉貴志)


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