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ちょび髭のおっさんの予言

このごろ現象世界では、何やら不穏な雰囲気がする。例の予言漫画が2025年に海底火山が噴火する夢を見たとかで話題になった。

読んだ時には「ふーん」と思っただけだったけど、流石に先日の噴火でちょっと真実味を帯びたように感じて、ちょいとばかり怖くなった。

予知夢や予言は「ストーリー」だけど、噴火は確実に現象として現れてるからねえ。

そもそも時間は存在しないのに「〇月〇〇日に」なんて日付を特定できるのだろうか?「ノストラダムスの1999年、恐怖の大王が空から降って来る」っていうのも当たっていなかった。

しかし、2001年の911をニュースで見たとき「時間差だけど、これのことだろうか」と思ったのは私だけではないだろう(私だけかな)

時間が存在しないのなら輪廻転生もタイムマシーンも前世も未来人もない。以前はそれらがあると期待値が高かったが、今はあんまり思わない。

ただ、日付はともかく何らかの「ビジョン」を見るということはあるんじゃないか、と思う。それは予知夢だったり突然のインスピレーションだったり。なにしろ宇宙は幻想の「自我」に幻想の世界を見せるくらいなんだから、何でもありだと思う。

世界5分まえ仮説やマルチバースやパラレルワールド(これも概念の書き換えの一種だと思うけどな)くらいありそうだ。

実際、臨死体験者はみんな似たような世界観の異空間を見てきているし。前世の記憶を持つ子供もいるし。

不思議な現象のアレやらコレやらソレやら否定しない。インチキくさい科学よりよほど信憑性がある。まあ、信憑性も何もそもそも現象世界ごと幻想なんだけど。

「予言」が少し気になってちょっと検索してみた。

そしたら、ちょび髭のおっさんが80年前に未来を予言し、側近に語ったという本があるそうだ。

その中にちょっと気になる文章があったので、いくつか抜粋。


ヒトラーの予言


引用 「1999年以後」五島勉

【臓器移植】

また人間はそのうち、外科手術で内臓をスゲ換えて、他人の心臓やブタの腎臓やサルの肝臓をつけてまでも生き延びるようになる。
最後は特別な光線の手術機械を使って、脳ミソまで他人のと入れ換える。
つまり、すっかり別人になってしまうのだ。

先日、豚の臓器を人間への移植を試験的に行ったと聞いた。アバター計画にも重なる気がする。

同志諸君。
来るべき未来の社会の様相を教えよう。
(と言っていろいろ恐るべき見通しを語ったあと)、そして東方にはある集団が現れる。
そうだ諸君。
わたしが生まれた100年後(1989年)までに、そこには永遠の未成年者の集団が現われるのだ。
よろしい、では解説してやろうハンス。
わたしが言った未来に現れる”永遠の未成年者の集団”というのは、もちろん、死ぬまでおとなになりきれない人間たち、ということだ。
そんなことは、きびしい正常な社会ではありえない。
だからそうなる背景には、甘やかされた異常な社会が当然ある。
その中で、同じようにおとなになりきれない親に、愛玩動物のように育てられるため、子どもも成人しても真のおとなになれないのだ。しかしハンス、じつはそれだけじゃない。
わたしがほんとに言いたかったのは、そのことではない。
未来社会には、そういう永遠の未成年集団が現れる一方で、幼いときからおとなの思考と感情を持った人間たちも現れるのだ。
信じられないだろうが、彼らは胎児のときからさえ、そのように教育される。
五つか六つで一人前の理屈と判断力をそなえ、一三、四歳にもなれば、並みのおとなを指揮するほどの力を持つようになる。
つまり両極端ということだ。
肉体がおとなで感情が幼児のようなグループと、肉体はまだ青春期にまでいかないのに、思考と感情がおとなを超えるグループ……。
しかもハンス、それは人間の発育状況だけじゃないのだ。
人類と社会のあらゆることが、未来には、そのように両極端に分かれてしまうのだ。
たとえば金だ。一方には腐るほど大量の金を持ち、広く高価な土地を持ち、労せずして限りなく肥っていく階級が現われる。
貴族とか新しい中産階級とか言ったのはその意味だ。
だが少数の彼らが現われる一方、他方の極には、何をどうやっても絶対に浮かび上がれない連中も現われるのだ。
愛もそうだ。特定の男女にだけ、愛と肉体の快楽が集中する。
一方、一生に一度の真の愛も快楽も得られない男女も増える。
要するに、土地や金や支配力を得る者は、ますますそれを得、支配される者はますます支配されるだけになる。
そうだハンス。
それが未来なのだ。
わたしの見た未来だ。
未来はそうなるのだ。
しかし諸君、さらに重大なのは、わたしがいま、これを話している100年後のことだ。
それを告げるためにこそ、わたしはきょうを選んで諸君を招いたのだ。
きょうから100年後といえば、すなわち2039年1月25日だ。
諸君にはわからないだろうが、そのとき人類には真の究極の状況が起こっている。
そのとき人類は——少なくとも、いま言っているような意味での人類は、2039年1月、地球からいなくなっているのだ。

ただ諸君。
それでも人類はいなくなるのだ。
いまの意味での人類は、そのときもういない。
なぜなら、人類は2039年1月、人類以外のものに”進化”するか、そうでなければ退化してしまっているからだ。
それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。
人類から神のほうへ進化するのだから、それは”神人”(ゴットメンシュ)と呼んでかまわない。
残りの大部分は、これも進化なのか退化というべきかわからないが、一種の機械になっている。
ただ操られて働いたり楽しんだりするだけの、完全に受動的なロボット生物になっているのだ。こうして人類は、完全に二つに分かれる。
天と地のように、二つに分かれた進化の方向を、それぞれ進みはじめる。
一方は限りなく神に近いものへ、他方は限りなく機械生物に近いものへ。
これが2039年の人類だ。

二極化のことを言ってるのだろうか。格差や少子化はわかるけど、サイボーグが気になる。2039年ってことはあと17年くらいだけど、ムーンショット計画が2050年。やっぱり予知や予言ってビジョンだけが見えて、実際は少し時間差があるんじゃないかな、と思った。

ちなみにムーンショット計画つうのも、何度読んでも意味がよくわからん。

また抜粋。

ムーンショット目標1 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現

誰もが多様な社会活動に参画できるサイバネティック・アバター 基盤
2050年までに、複数の人が遠隔操作する多数のアバターとロボットを組み合わせることによって、大規模で複雑なタスクを実行するための技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築する。
2030年までに、1つのタスクに対して、1人で10体以上のアバターを、アバター1体の場合と同等の速度、精度で操作できる技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築する。
注:サイバネティック・アバターは、身代わりとしてのロボットや3D映像等を示すアバターに加えて、人の身体的能力、認知能力及び知覚能力を拡張するICT技術やロボット技術を含む概念。Society 5.0時代のサイバー・フィジカル空間で自由自在に活躍するものを目指している。
サイバネティック・アバター生活
2050年までに、望む人は誰でも身体的能力、認知能力及び知覚能力をトップレベルまで拡張できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を普及させる。
2030年までに、望む人は誰でも特定のタスクに対して、身体的能力、認知能力及び知覚能力を強化できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を提案する。

(内閣府ホームページより)

何のこっちゃ。でも「機械の体」のことよね。鉄腕アトムとかサイボーグ009とか銀河鉄道999とか攻殻機動隊とか、あの機械の体よね。すでにスマホに繋がれてるけど、それだけじゃまだダメなのね。

二極化、格差、老後問題、エネルギー問題、環境汚染、そうまでして長生きしたいような世界かねえ?とも思うのだ。アバターで長生きがピンとこない。レディプレイヤー1みたいな感じかな。

ちょび髭のおっさんは、本当に何か見たんでしょうかねえ。未来のひどいことより、おっさんが現役のころの己のしでかしたことの方が悲劇じゃあないですか。その後結局、敗戦したし。それは予想できなかったのかねえ。




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チャップリンの演説


チャップリンの映画「独裁者」(1940年)の中で、チャップリンがヒトラーをあからさまに風刺して、現役のナチスをパロディにしてしまった。しかもチャップリンの役どころは「ユダヤ人の床屋」劇中で街を焼かれ、迫害を受けている。収容所に収容されたりと、当時リアルタイムで実在する軍を堂々と批判するんだから、すごい度胸というか、あのナチス相手にけっこうガチでパロディ制作してしまうんだから、今考えると背筋がゾッとする。すごいエネルギーを持った人だ。

もちろん公開にあたっては各国から相当の圧力がかかったそうだ。無事に公開できてよかった。ちなみに当時大ヒットしたそうだ。

こういうことは言論統制されてる現代じゃ絶対に公開できない。本当によくやったと思うし、その後も無事で大好きな「ライムライト」撮影してるし、よかった、ご無事で本とに本とーっによかった。

ということで映画「独裁者」より、ヒンケル総統に間違われたユダヤ人床屋のチャップリンの渾身の名スピーチを抜粋。


申し訳ないが……。私は皇帝になどなりたくない。私には関わりのないことだ。支配も征服もしたくない。できることなら、皆を助けたい。ユダヤ人も、ユダヤ人以外も、黒人も、白人も。私たちは皆、助け合いたいのだ。人間とはそういうものなんだ。お互いの幸福と寄り添いたいのだ……。お互いの不幸ではなく。憎み合ったり、見下し合ったりしたくないのだ。世界で全人類が暮らせ、大地は豊かで、皆に恵みを与えてくれる。人生は自由で美しい。
しかし、私たちは生き方を見失ってしまった。欲が人の魂を毒し……。憎しみと共に世界を閉鎖し……。不幸、惨劇へと私たちを行進させた。私たちはスピードを開発し、自分たち自身を孤立させた。ゆとりを与えてくれる機械により、貧困を作り上げてしまった。知識は私たちを皮肉にし、知恵は私たちを冷たく、無情にした。私たちは考え過ぎ……。感じなさ過ぎる。
機械よりも、人類愛が必要なのだ。賢さよりも、優しさ、思いやりが必要なのだ。そういう感性なしでは、世の中は暴力で満ち、全てが失われてしまう。飛行機やラジオが、私たちの距離を縮めてくれた。そんな発明の本質は、人間の良心に呼びかけ、世界がひとつになることを呼びかける。
今も、私の声は世界中の何百万の人々のもとに届いている。何百万もの絶望した男性たち、小さな子供たち。人々を苦しめる組織の犠牲者たち。罪のない人たちを投獄させる者たち。私の声が聞こえている人たちに言う……。絶望してはいけない。私たちに覆いかぶさる不幸は、単に過ぎ去る貪欲であり、人間の進歩を恐れる者たちの憎悪なのだ。憎しみは消え去り、独裁者たちは死に絶えるであろう。人々から奪いとられた権力は、人々のもとに返されるだろう。決して人間が永遠に生きないように、決して自由が滅びることもない。
兵士たちよ。獣たちに身を託してはいけない。君たちを見下し、奴隷にし、人生を操る者たちは、君たちが何をし、考え、感じるかを指図する。君たちを鍛え、食事を制限する者たちは、君たちを家畜として、ただのコマとして扱うのだ。身を託してはいけない。そんな自然に反する者たちなどに。機械人間たち……。機械のマインドを持ち、機械の心を持つ者たちなどに。君たちは機械じゃない。君たちは家畜じゃない。君たちは人間だ。心に人類愛を持った人間だ。憎んではいけない。愛されない者が憎むのだ。愛されず、自然に反するものだけだ。
兵士よ。奴隷を作るために闘うな。自由のために闘え。『ルカによる福音書』の17章に、「神の国は人間の中にある」とある。ひとりの人間ではなく、一部の人間でもなく、全ての人間なのだ。君たちの中になんだ。君たち、人々は力を持っているんだ。機械を作り上げる力、幸福を作る力を持っているんだ。君たち、人々が持つ力が、人生を自由に、美しくし、人生を素晴らしい冒険にするのだ。
民主国家の名のもとに、その力を使おうではないか。皆でひとつになろう。新しい世界のために闘おう。常識ある世界のために。皆に雇用の機会を与えてくれ、君たちに未来を与えてくれ、老後に安定を与えてくれる世界のために。そんな約束をして、獣たちも権力を伸ばしてきた。しかし、奴らは嘘つきだ。奴らは約束を果たさない。これからも果たしはしない。独裁者たちは自分たちを自由にし、人々を奴隷にする。今こそ、闘おう。約束を実現させるために。闘おう。世界を自由にするために。国境のバリアをなくすため。欲望を失くし、嫌悪と苦難を失くすために。理性のある世界のために闘おう。科学と進歩が全人類の幸福へ、導いてくれる世界のために。兵士たちよ。民主国家の名のもとに、皆でひとつになろう。

(チャップリン/独裁者/1940)


よくよく聞くと、ナチス批判なんてもんじゃなくて戦争批判だった。80年前にチャップリンが全世界に向けて、命がけで発信したのに世界はあんまり良くなったとは言えない。科学の進歩で便利になったようで、やっぱり機械と電波にしばられてる。物質的に豊かになった反面、精神性を損なっているように思う。

皆でひとつどころか、バラバラで分離が激しいのが現状の世界だ。




◆ダブルちょび髭のおっさんのイラスト。何なんだちょび髭。当時の流行りだったのだろうか。ちょび髭と言ったら、チャップリンとヒトラーと由利徹しか思いつかない。由利徹も描くべきだったか。



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