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【ワートリ創作小説】5月、ある日の話

※以前別媒体で公開していた作品です。
※犬飼と鳩原の話です。オリジナル解釈が入っていたりするので、解釈違いの方がいらっしゃったらすみません……

ありがとうを言いそびれたな


犬飼くん、誕生日おめでとう。

これは昨日の分じゃないよ。これから先、全部の誕生日の分。あたしはもう直接言うことができないから、先に言っておくね。

犬飼くんとあたしは、よく似ていたな。心の底からうまく笑えないところとか。

犬飼くんみたいに器用じゃないから、そんなわけないって言われるのかもしれないけど。

あたしは弱いから、この世界から逃げます。

弟のいない生活に、耐えられなくなったからです。

犬飼くんはあたしと似ているけど、あたしよりずっと強いから、きっとこの世界で戦い続けるんでしょう。

あたしは弱いから、犬飼くんたちがいない生活に耐えられるうちに逃げます。

本当に耐えられるかはわからないけど。でも、心の底から辛くなったら、昨日祝った誕生日のことを思い出そうと思います。

いつも「ごめんね」って言ってばかりだったから、「おめでとう」を言えてよかった。

さよなら、じゃあね。


追伸 今、大事なことを言いそびれていたことに気づきました。でも、もう遅いよね。



さよならくらい言わせてくれよ

5月2日、鳩原ちゃんが失踪した。

おれは一生この日を忘れないと思う。おれの誕生日のすぐ後に行くなんて、意地悪が過ぎるんじゃないかな。

隊服で慣れてるはずのスーツは、やけに居心地悪く感じた。

皮肉な話だけど、雨の日は他の日よりもずっと、鳩原ちゃんに合っている感じがする。傘をたたむと、雨粒が足元に飛び散った。

泣くべきなのか、泣くべきではないのか、それはわからなかった。
本音と建て前、言葉を使い分けることはできるけど、泣くとか、怒るとか、そういう感情はどうするのが正解なのか、おれにはわからなかった。

死んでいない人間の葬式ほど無意味なものはない。
鳩原ちゃんはこっちの世界にはもういない。でも、あっちの世界では多分生きている。これほど残酷なことってないよね。

これから鳩原ちゃんのいない生活が始まるわけだけど、おれはどうすればいいんだろうか。
学校にも、二宮隊にも、どこにもいない。紙飛行機を飛ばしてみたって、きっと届かないだろう。写真や記憶の中にいるって気休めを言われても、本人がここにいないんなら、そんなものはまやかしだと思う。

許せないのは、おれにひとことも言わせずに行ってしまったことだ。
もちろん、誕生日会で話はした。そうじゃない、鳩原ちゃんがいなくなるということをわかった上で言いたいことはあった。それを言えなかったのを、おれは許せない。


追伸なんていらない。それをお互い受け取るのは、直接会う時だ。

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