力作! 『デジタルシルクロード 情報通信の地政学』(持永大、日本経済新聞出版、2022年1月8日)

『デジタルシルクロード 情報通信の地政学』(持永大、日本経済新聞出版、2022年1月8日)拝読。一帯一路に含まれるデジタルシルクロードについて、国際政治学の見地から分析し、日本の課題を整理している。

一帯一路は多様な面を持つ総合的な構想なので当然と言えば当然だが、政治、経済、技術などを網羅的に検証しているので、情報量としてもかなりすごい
著者は国際政治学者ストレンジの構造的パワーの概念を使って中国の狙いと効果などを整理している。ストレンジは2つのパワーを提唱していた。ひとつは関係的パワー、もうひとつは構造的パワーである。関係的パワーとは直接影響を与えるパワーで特定の行動を行わせるようにする。これに対して構造的パワーは直接影響を与えずに、相手の取り得る選択肢を狭めることで特定の行動に誘導する。

構造的パワーは、安全保障、生産、金融、知識の4つがある。安全保障では、たとえば防衛力を同盟国に提供することで相手の選択肢を限定する。生産では生産に関する構造、金融では決済や信用創造に関する構造、知識は情報や知識に関する構造によってパワーを行使する。

著者は中国のデジタルシルクロードをこの4つの構造的パワーでひもといてゆく。安全保障では通信インフラやスマートシティ、中国にあてはめると、生産構造においてはひもつき援助、金融構造では人民元の国際化や決済など、知識ではデータ保護法制や標準化などがある。各構造の影響力の広がりと強さは異なっている。

日本の今後の課題としては「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)を軸とした共存の道を提案している。

とにかく個別の事例が豊富で大変参考になる。海底ケーブルの地政学的な解釈は他ではあまり見ないもので、海底ケーブルマニアである土屋先生(https://k-ris.keio.ac.jp/html/100012165_ja.html)の影響を感じてしまった。

構造的パワーからFOIPにいたるまでのところで、いまひとつよく理解できなかったところがあったが、まだ1回しか読んでいないので再読して確認したい。

●気になった箇所
本書はストレンジの枠組みでデジタルシルクロードを整理した野心的な試みで、豊富な事例に裏付けされていて非常に興味深かった。スタンダードとは言えないかもしれないが、地政学や国際政治学的な観点からデジタルシルクロードに注目している人には貴重な本だと思う。

いくつか気になったこと、というかこのへんも読みたかったということがいくつかある。

・グローバルサウス、権威主義国について
2006年頃からグローバルサウスの発言力が大きくなり、権威主義国も増加しはじめた。象徴的なのは2012年に国連の専門機関のひとつ国際電気通信連合(ITU)において、グローバルサウスとグローバルノースの意見が対立し、数においてまさるグローバルサウスが押し切った事件である。ITUの国際電気通信規則(ITR)改正をめぐっての意見の対立だっが、採決後グローバル・ノースの一部はサインを拒否した。日本も拒否した中の1国だ。こうした動きが広がっている。

年表付きプラットフォームガバナンス関連組織などメモhttps://note.com/ichi_twnovel/n/nc8aee6dfeb59

中国はグローバルサウスに属し、日本はグローバルノースに属している。グローバルサウスは国の数、人口、そしてもうすぐGDPでもグローバルノースにまさる。
またイコールではないが、グローバルサウスには権威主義国が多いことも重要なポイントだ。ほとんどのグローバルサウスは欧米に侵略されたり、植民地支配を受けた経験があり、グローバルノースの提示する世界観をうのみにできない。
グローバルサウスは一枚岩ではないが、制度や規範など知識構造に大きな影響を持つようになる。グローバルサウスの動きと中国の連動も読みたかった。特にインドは独自の動きをしている。
また、権威主義国はすでに国の数や人口で民主主義国を上回っている。

・ビッグテックを地政学上のアクターとして扱う
イアン・ブレマーなどが指摘しているようにビッグテックは地政学上のアクターとなっている。本書でもビッグテックの影響について触れているが、その影響力の強さを考えるともっと読みたかった。
安全保障、生産、金融、知識の構造的パワーもすでに持っている。ネットガバナンスに関しても彼らが呼ばれることが多い。たとえば、国連のハイレベルマルチステークホルダーにはビッグテックが含まれている。

・中国の台頭と民主主義の衰退
中国の台頭と民主主義の衰退は関係していると思うので、民主主義の衰退についてももうちょっと触れてほしかった。民主主義の衰退は2006年頃から始まり、近年になって完全に権威主義国に数の面で追い抜かれた。なので近年の変化には大きな影響を与えており、今後にも大きく影響する。
個人的にはそこにはアメリカ不信を招く要因が多々あり、それもアメリカと手を組んでいる日本にとって今後の課題だと思う。

民主主義の危機とはなにか?https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2021/01/post-16.php

・中国の教育に関する影響力
中国は教育を通じた構造的パワーも強めているようだ。
中国および一帯一路は世界各国の大学や教育機関と提携を進めており、最近では英語検定試験IELTSで知られるイギリスのUK-China-BRI Country Education Partnership Initiativeと提携した。世界全体では47の提携を結んでいる。このうち24は一帯一路参加国である。中国の教育ネットワークとでも言うべきものが世界に広がっている。
また、メディアやジャーナリストへのトレーニングを過去5年間に75カ国で行っており、中国から見た世界観を広めている。
2017年に中国から海外へ留学した学生の数は608,400であり、世界最多の留学生を送り出している、と中華人民共和国教育部は発表している。ユネスコの統計では2017年海外で学んでいる学生の出身国のトップは中国でおよそ93万人である。
2017年には一帯一路参加国から317,200人の学生を中国に迎えており、これは中国が受け入れた海外留学生の64.85%に当たる。中国からは66,100人の学生が37の一帯一路参加国へ留学している。

中国と一帯一路が引き起こす世界の教育の変容https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2020/07/post-1.php

海外に留学した中国人の多くは相手国(多くはアメリカ)の大学院、研究機関、民間企業へと進む。それが知財流出や「アメリカの顔をした中国企業」につながっている。

アメリカの顔をした中国企業 Zoomとクラブハウスの問題https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2021/02/zoom.php

中国の教育パワーがもたらす構造的パワーについても読みたかった。

・ささいなこと
本書でベネズエラの「carnet de la patria」カードに言及している箇所があり、「Fatherland Card」という英訳になっていた。言語の「carnet de la patria」の方がよかったかもしれない。

世界に蔓延するネット世論操作産業。市場をリードするZTEとHUAWEI
https://hbol.jp/pc/204608/


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