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『人間本性を哲学する』は長い旅の序章だった

●本書について

『人間本性を哲学する: 生得主義と経験主義の論争史』(次田瞬、2021年8月25日、青土社)を読んだ。タイトルから予想していたのとはだいぶ違ったが、非常におもしろく参考になった。

>予想 「人間の本質」や「人間とはなにか?」みたいなテーマが哲学でどのように扱われているかを紹介する本。
>実際 知能、言語能力、数学の知識の3つについて、その発生が生得的であるか(遺伝、アプリオリ)、経験(文化・社会、アポステリオリ)によるものかについての議論を紹介した本。

もうひとつ大きく違っていたのは本書は過去の議論の紹介で終わっている点である。つまり、知能、言語能力、数学の知識の3つについて過去にどのような議論が行われてきたかを知ることはできるが、著者自身が「各章はゆるやかに連続していますが、おおむね独立しています」と書いているように全体を通した結論や体系的な整理はない

ただし、本書には人間の活動に関心を持ち人、特に心のありように関心を持つ人にとっては貴重な知見が詰まっている。哲学に関する本はあまり読んだことはないが、テーマそのものは絞り込まれているにもかかわらず、これほどさまざまな主張やアプローチがあるのかと驚く。

私は本の紹介をする際、概要やポイントを抜き出して紹介することが多いが、本書はそれが難しい。なぜなら、本書は長い物語の始まりにすぎないからだ。物語がもう少し進まないと、なにをどう取り上げるべきか判断できない。
本書はこれだけで完結したものというよりは、人間にとって重要な知能、言語能力、数学の知識の3つのありようを考えるために踏まえておくべき基本の入門書といった方がいいかも。この続きは読者が自分で書くのだ。

●感想

本書を読んでAIに関する話題がないのが不思議だった。なぜならAIは生得的なものなしで学習させてどこまでなにができるのか試すのには絶好のように思えるからだ。近年のLLMの発展を見ると、実はかなりの部分が生得的とは異なるのではないかと思うくらいだ。とはいえ生得的な部分もないと動かないので、そのバランスなのかもしれない。生得的なものだけでやろうとすると、過去に行き詰まったエキスパート・システムみたいになるのだろう。
……と思ったら、ちゃんとそのための本が刊行されていた。電子版が出たら読もう。『意味がわかるAI入門 ――自然言語処理をめぐる哲学の挑戦』(筑摩選書、2023年11月17日)

数学に関する話の中でゲーデル、チューリング、チャイティンの話が出るかと思ったが、出なかったのでこれも気になった。本書で言及されている議論に近いものもあったような気がする。

イデオロギーに関して中立を保つという話題はもっと掘り下げてもよいような気がした。生業としての科学者は研究サプライチェーンの一部なのだ。資金、資源、人材などのサプライを得て研究が成立している。バイアスがかからないはずはなく、自分や研究チームの意識しなければならない。ビッグデータやAIはまさにバイアスの塊になりかねない。そのへんの話は以前さんざん書いたので気になる方はこちらをどうぞ(https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2021/10/post-30.php)。

いつものようにいろいろ書いたが、あくまでこれは私が気になった点であって、「本書について」に書いたように貴重な1冊であることは間違いない


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