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『デマの影響力』メディアおよびデジタル影響工作に関心を持つ方必読の1冊なのだが……

シナン・アラルの『デマの影響力 なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』(ダイヤモンド社、2022年6月8日)を読んだ。著者は紹介するまでもなく計算社会学の第一人者で、起業家、投資家でもある。

●本書の内容

本書で著者は「ハイプ・マシン」の全貌を明らかにし、その影響力、長所と短所、活用方法を検証している。「ハイプ・マシン」とは、デジタル・ソーシャル・メディア、人工知能、スマートフォンの3つの要素から成り立っている。ハイプ・マシンの影響力は、経済、技術、規範、法律の4つによって変わる
この4つの要因とハイプ・マシンとの関係を理解すれば、よりよくハイプ・マシンを活用できるようになる。そう考えた著者は自身を含め多くの研究成果から法則性を整理してゆく。

ハイプ・マシンには、大衆説得の個人化、ハイパー・ソーシャライゼーション、アテンション・エコノミーという3つの傾向がある。ソーシャル・メディア登場以降の10年間で、我々は常に個別に最適化されたメッセージで説得され、我々は過剰に社交的になり(ハイパー・ソーシャライゼーション)、効果的により多くの注意を集めることを優先するようになった。そのため中間はなくなり、非常に注目を集めるものと、全く集めないものに分かれるようになった。

ネットワーク効果によって、より数の多いネットワークに人は集まるようになる。ただし、ネットワーク効果には直接、間接、二面、ローカルの4つがある。そのためただ単に数で優っていても、負けることがある。直接と間接のネットワーク効果で優るマイスペースに対して、大学というローカルなネットワーク効果に特化して拡大することでフェイスブックは対抗し、勝利した。

群衆の知が正しく機能するためには3つの前提がある。多様(構成する個人が多様であること)、独立(個人がそれぞれ独立していること)、平等(各人が平等であること)である。ハイプ・マシンはこの3つの前提を破壊した。人々は均質なグループを作り、他者の意見に影響を受け、インフルエンサーのような特別な人間を生んだ。

そして、ハイプ・マシンの長所と短所の実例を紹介しつつ、長所を生かすための方法を提案している。

本書は著者の主張の裏付けとなる大規模調査などが紹介されている他、ロシアのデジタル影響工作部隊IRAの分析や、VKやTelegramの発展と経緯なども紹介されており、実例も豊富だ。また、随所で相関関係と因果関係を明確に区分しているのもすばらしいと思った。

●感想

メディアに関心のある方はもちろん、影響工作に関心のある方にも必読の書といってもよいだろう。関係者必読! に感想はつきるのだが、気になる点も多々ある。特に後半の対策に近づくほど多くなるので、私自身はここで提案されている対策についてはかなり著者の個人的嗜好含まれているように感じている。

・計算社会学と脳関係以外の調査研究にほとんど触れていない
本書は後半にゆくほど、社会的、政治的内容になり、それにともない計算社会学的あるいは統計的な検証よりも事例や著者の考察が増えてゆく。社会的、政治的提案についても政治学、歴史からの検証や裏付けは可能だと思うが、そこは専門ではないからはしょったのかもしれない。たとえばハイプ・マシンをよい方向に活用する方策の検討でフランシス・フクヤマのグループの論考(https://note.com/ichi_twnovel/n/ncaebdec2eb79?magazine_key=m6c3f2276706c)には触れていない。かなり具体的かつテクニカルな内容なので知らないはずはないのだが。

・選挙にソーシャル・メディアを悪用して影響を与える例としてロシアからの干渉を示すのは不適切だ。なぜならソーシャル・メディアを利用した選挙への工作の圧倒的多数は国内の勢力が行っているもので、アメリカは特にその傾向が強い。したがってソーシャル・メディアを利用して選挙の影響を与える例としてはオバマとグーグルの例が適切だと考えるし、著者であれば一般に知られている以上の知見を持っているはずだ。

・「iPhoneは非常に革新的な道具だったので、それ自体が持つ価値だけで、大勢の人を購入に走らせるのに十分だった」と書いているが、こんなに簡単に例外を認めていては法則の意味がないような気がする。それにこの説明でiPhoneが例外である説明ができているようにはとても思えない。

・ソーシャル・メディアの干渉では投票率に影響を与えるメッセージを送れるとしているが、ソーシャル・メディアや干渉を目的としたメッセージでなくても投票率は変わる可能性があり、それについては検証されていない。

・フェイクニュースとデマの項で、いわゆる「真実の裁定者」を政府にまかせるわけにはいかないとしているが、その理由は説明されていない。ファクトチェック団体などは「真実の裁定者」は国民であるべきとしていることが多く、その国民が信任を与えたのが政府のため、政府が「真実の裁定者」であっても問題はないという考え方も成立するので、ここは説明が必要のはず。

・同じくフェイクニュースとデマの項で、「人がフェイク・ニュースに騙されるのは、考えることをしないからであって、決して自らの意志で積極的に騙されるような思考をしているからでもなければ、自分に都合の良い思考をしているからでもない」と書いている。しかし、陰謀論者、白人至上主義者、極右などは自らのアイデンティティに沿ったものを選ぶ可能性がある。本書でも共和党と民主党の分断でそれに近い論点を展開しているので、そことも整合性がとれないような気がする。全般的にこの項は重要であるにもかかわらずこうした飛躍が多い

・ロシアのデジタル影響工作と他のデジタル・マーケティングと同じとしている。システム開発とハッキングを同一視するくらい乱暴だと思う。なぜならサイバー攻撃に非対称があるのと同様に、デジタル影響工作にも非対称性がある。もし、非対称性がなく、同じ方法論で同じような効果をあげられるなら、デジタル影響工作への対策は簡単なはずだ。本書では、まさにデジタル影響工作への対策を難しいとは言いながら、一般的な方法(ファクトチェックやリテラシー向上)で効果があるとしている。しかし、デジタル影響工作には、本書で言うローカル(前述のようなカルトな人々、決して少数派とはいえない)に強い影響を与える力がある。ローカルな場合の効果については本書では検証されていない。

・本書は多数の研究成果を紹介し、それぞれに出典が示されているが、「ソーシャル・メディアが、より透明性の高い、より民主的で平等な社会を作るのに役立つことは間違いない。そのことは科学的な研究でも明らかになっている。」には出典がなく、直後に「一方で、ソーシャル・メディアの影響で、分断された、より権威主義的な社会ができてしまうおそれもある」と続けている。こちらにも出典はない。「科学的な研究でも明らか」なら出典を示してほしい。なぜ、ここは出典がないのか?

・古い情報しか取り上げていない箇所がいくつかある。第2章現実の終わりの最初の2項はかなり昔の話であり、2018年刊行の拙著『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』でも紹介していたくらいだ。金融市場とフェイクニュースについて語るのならもっと新しい事例の方がよいだろう。

あくまで個人的な印象なのだが……著者はビッグテックの研究サプライチェーンにどっぷり使っている人であり、サプライチェーンから受ける偏りを補正する努力をしていないように見える。
著者は終わりの方で対策でビッグテックの分割は意味がないと主張している。それ自体はそういう主張もあるのだろうと理解できるが、他の主張では統計的検証あるいはモデルを使った検証を行っているのに対して、これについてはそれがない。
きわめつけは理由を示さず「真実の裁定者」を政府にまかせるわけにはいかないと断言し、できるだけソーシャル・メディア企業と一般人で対処すべきと提案している箇所だ。ここまでくると、むしろビッグテックの支援で成り立っている研究サプライチェーンを守るために書いているのかもしれないと思ってしまう。
ただ、12章は特にぼろぼろだが、それ以外はかなり参考になる部分も多い。ところどころに、致命的な落とし穴があるので注意が必要だけど。まっとうな論理や検証と、個人的な意見や見解をまぜる手法は『ファクトフルネス』に似ているのかも。

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