「偽・誤情報、ファクトチェック、教育啓発に関する調査研究」は日本では貴重な包括的な調査だった

昨日(2024年4月16日)、公開された国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの「偽・誤情報、ファクトチェック、教育啓発に関する調査研究」https://www.glocom.ac.jp/activities/project/9439 を読んだ。といってもざっと1回読んだだけなので見落としや勘違いがあるかもしれない。あくまで自分用のメモとして書き残しておく。


●概要

国際大学グローバル・コミュニケーション・センターは毎年こうした調査を行っており、昨日公開されたのはその最新版である。国際大学グローバル・コミュニケーション・センターのこのプロジェクトのページによるとグーグルからの資金によって行われているものらしい。

Innovation Nippon
http://www.innovation-nippon.jp

毎年包括的な調査を行っているが、今年は特に盛りだくさんのように感じた。今年行った調査は下記。
・文献調査
・アンケート調査
 偽・誤情報の真偽判定を中心とした調査。真偽判定能力と他の属性や能力との関係を調整理。
・インタビュー調査 偽・誤情報の共有経験の有無、情報検証行動を調査。
・有識者会議 有識者の知見をきいて整理。

報告書はおおまか下記のような構成になっており、付録をのぞく最初のアンケート調査結果が本編全体のおよそ3分の1を占めていることからわかるように、そこが見所となっている。

アンケート調査結果からの偽・誤情報の真偽判断についての実態把握と他の属性、項目との関連
ファクトチェック手法の海外事例の整理
ファクトチェッカー養成講座事例
インタビュー調査結果
偽・誤情報に関する近年の政策的動向
生成AIが偽・誤情報にもたらすインパクト
提言

日本においてこれだけ大規模かつ包括的で継続的に行われているアンケート調査は他にないと思うので貴重な情報となっている。他にもファクトチェックや政策・法律などの海外の動向もまとめられているので参考になる。

アンケート調査については参考になるものの、後述する理由で内容は紹介しない。
ほかのものについては、豊富な事例は参考になるものの、全体をまとめた傾向がうまく整理されているわけではこちらも紹介はしない。
貴重で参考になる資料であるのは確かなのだし、日本語なので関心を持った方はぜひ原本を参照していただきたい。

●気になった点

アンケート調査結果をあまり紹介しなかったのは、そのままうのみにされるとよくないと思ったからでその理由は下記。ただ、調査結果の中には有用なものもあるので貴重で参考になることは確かだ。

・アンケート調査の問題点1 真偽判定の問題

すでに以前にも書いたのだが、このプロジェクトにおける真偽判定の設問には問題がある。
「What do we study when we study misinformation? A scoping review of experimental research (2016-2022)」( https://doi.org/10.37016/mr-2020-130 )は、8,469件の論文をスクリーニングし、759件の研究を含む555件の論文を抽出し、分析したレポートである。被験者に真偽判定を行わせる調査の多くには下記の問題があることが指摘されている。

1.短文(1つ2つの文章)の誤・偽情報を使用することが多かった(実際には短文ではないケースも多い)。
2.設問で「偽」のみを提示している。
3.誤・偽情報を信じるかどうかが主に測定されていた。行動について測定したものはほとんどない。
4.誤・偽情報の提示と結果の測定はほぼ同時に行われた。時間経過による影響の変化は考慮されていない。

くわしくは下記に書いた。
誤・偽情報についての研究がきわめて偏っていたことを検証した論文
https://note.com/ichi_twnovel/n/n3f673e3d2b3e

同様な指摘は「Thinking clearly about misinformation.」(Commun Psychol 2, 4 (2024).  https://doi.org/10.1038/s44271-023-00054-5 )にもある。

「What do we study when we study misinformation? A scoping review of experimental research (2016-2022)」の指摘は本質的だが、そこまでやるのは無理と思うかもしれない。しかし、「Online searches to evaluate misinformation can increase its perceived veracity」(Kevin Aslett1, Zeve Sanderson, William Godel, Nathaniel Persily, Jonathan Nagler,Joshua A. Tucker、 https://doi.org/10.1038/s41586-023-06883-y )はそれを全部クリアした。そして、この調査においては偽を選ぶ能力と真を選ぶ能力は異なる結果となっている。

また、「Missing Voices: Examining How Misinformation-Susceptible Individuals From Underrepresented Communities Engage, Perceive, and Combat Science Misinformation」https://doi.org/10.1177/10755470231217536 )では社会的に疎外された人々は複数の情報源に当たって真偽を確認しているものの、公的情報を信用していないことが指摘されている。つまり、彼らは偽を見つけることができるが、真の情報も偽とみなすことも多いのだ。

・アンケート調査の問題点2 因果推論の問題

この調査研究では因果モデルを提示しないで、人的因果推論(恣意的解釈とも言う)を提示している。フェアなやり方をするならばどこまでが限界というラインを示すべきだと思う。
具体的に言うと、調査項目がかなり限られていて、その範囲で因果関係を推定しているため、それ以外の可能性が排除されている。そして提示される結果は当然ながら、提示した調査項目の範囲のことなので妥当のように見える。
仮に社会的要因、たとえば人種、個人年収、世帯構成、世帯年収、居住地、職種、住居タイプなどを加えた場合、特定の職種の人は批判的思考スコアのスコアが高く、偽・誤情報を拡散しにくい傾向があり、批判的思考スコアのスコアと偽・誤情報を拡散しにくい傾向は疑似相関だったことも想定される。前掲の「Missing Voices: Examining How Misinformation-Susceptible Individuals From Underrepresented Communities Engage, Perceive, and Combat Science Misinformation」のように疎外された人々が懐疑的になっていた場合、このような因果関係があってもおかしくない。なにごとも「偽」(この調査では「真」判定能力を問わないので)としてみて、なにごとも拡散しない。
これは一例にすぎないが、より大きな社会的枠組みで因果関係を確認することで社会的問題としてとらえ直すことが可能だ。本調査は調査設計の段階でこの問題を社会問題ではなく、リテラシーと情報の問題に限定して分析しようとしている。結論とか提言にリテラシーなどが強調されているが、その結論は調査設計の段階でほぼ見えていたと思う。

ちなみに、「Thinking clearly about misinformation.」(Commun Psychol 2, 4 (2024). https://doi.org/10.1038/s44271-023-00054-5 )という論考には私が書いたことが一般化されて説明されている。

その他には、見落としが散見された。これだけ網羅的な資料なのであっても仕方がないと思うが、いちおう目についたところをあげておく。

・偽・誤情報に関する近年の政策的動向」の各国の説明

米国のところで、偽・誤情報の後退が話題になっていたと思うのだけど、触れられていないのは気になる。
EUのところでFIMIに触れていないので気になった。

・生成 AI が偽・誤情報問題にもたらすインパクト

ピンクスライムジャーナリズムに触れていなかった。


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