リベラルの声が中間層に届かない件について 正直いろいろわからない
「Japanese conservative messages propagate to moderate users better than their liberal counterparts on Twitter」(Yoshida, M., Sakaki, T., Kobayashi, T., Toriumi, F. Japanese conservative messages propagate to moderate users better than their liberal counterparts on Twitter. Sci Rep 11, 19224 (2021).)(https://www.nature.com/articles/s41598-021-98349-2)という論文が話題になっていたので読んでみました。でもいろいろわかりませんでした。主としてわからなかった点は下記です。こうした研究は貴重ですし、私自身は門外漢なのでよい勉強の機会を与えていただいたと思って拝読しました。未熟なゆえにわからないことが多く、まことに申し訳ない限りです。わかっている方はご教授いただければ幸甚です。ありがとうございます。
注 ご教授いただき、理解できた項目も参考のために残してあります。ご教授いただき、ありがとうございました。
●よくわからない点
・保守=安倍支持、リベラル=反安倍
この論文では安倍元首相に対しての態度(支持、批判)によって保守とリベラルを区分していますが、その根拠がよくわかりません。また保守とリベラルの定義も示されていません。
論文の序文には、
と書かれており、その根拠、出典である論文「Pitting prime minister cues with party cues in a multi party system : A survey experiment in Japan.」(Yokoyama,T.&Kobayashi,T.Jpn., J. Polit. Sci. 20, 93–106 (2019)」 には確かにそれに該当する記述があります。しかし、それは研究の仮説にはなっておらず、したがって出典となっている論文中では検証されていません(少なくとも日本に関しては他の論文を根拠にしている箇所もなかったと思います)。この記述に関する裏付けがないと安倍元首相への態度で保守とリベラルに区分する根拠がわかりません。
この件に関しては同じように疑問を持つ方が多かったようで、それに答える形で共同研究者のおひとりである鳥海先生がヤフー(https://news.yahoo.co.jp/byline/toriumifujio/20211005-00261538)で「真の保守,リベラルの定義」について議論して、どうすればデータが取れるのか一緒に検討しましょうとおっしゃっています。全くその通りで概念的な枠組みを実際のデータで把握するのは常に課題のような気がします。
未定義の言葉を使うよりはストレートに安倍支持と反安倍の違いについての分析にすればよかったと思うのですが、そもそもの目的が保守とリベラルの違いを明らかにしたかったのでそこは目をつぶったのかもしれません。ただ、「安倍支持」と「保守」あるいは、「反安倍」と「リベラル」では言葉の印象がかなり異なります(少なくとも私にとっては)。
・穏健な中間層=安倍首相についてツイートしたがコアな支持も批判もしてない層(解決済み=わかるようになりました)
同様に「安倍首相についてツイートしたがコアな支持も批判もしてない層」を穏健な中間層と呼んでいます(論文中の表記ではnoncore accounts)。コアというのは10回以上リツイートしているアカウントのことです。論文中では、穏健な中間層を「politically inactive moderate users」と表現していますが、首相についてのリツイートをする時点で「politically active」のような感じがします。個人的には、なぜ、「politically inactive」なのかわかりません。(注 著者のおひとりである鳥海先生から直接このnoteのコメントでご説明いただき、わかるようになりました。納得しております)
・中間層の謎 2種類の中間層データがあって未検証のまま同質性のものとして扱われている
また、安倍元首相についてリツイートしていない「politically inactive」な中間層は存在しない、もしくは、存在するが「安倍首相についてリツイートしたがコアな支持も批判もしてない層」と同質であるという前提が必要だと思います。この論文では名詞と形容詞の頻度を比較するデータとして、Random sampleを用いています。これは安倍元首相をつぶやいていないただのツイートをランダムにサンプリングしたものです。つまり、前提として「安倍首相についてリツイートしたがコアな支持も批判もしてない層」と「ただのランダムサンプリング」を同質のものとして扱っています。同質であることは論文中では検証されていません。
それに中間層という言葉の定義がないので、「安倍元首相についてリツイートするが、コアな支持者でも批判者でもない」人(noncore accounts)というのが定義なら全くなんの問題もないのですが、一般的に「中間層」という言葉から惹起されるイメージとは大きな乖離があるように思います。
やっぱりなぜこうなっているのか、よくわかりません。
・名詞と形容詞の使用頻度について
前に書いたように言語表現の比較では、そこまで中間層として扱われていた「安倍元首相についてリツイートするが、コアな支持者でも批判者でもない」層ではなく、ランダムサンプリングデータに変わる。ランダムサンプリングデータは「安倍元首相についてリツイートするが、コアな支持者でも批判者でもない」層と同質であるか検証されていないだけでなく、安倍支持との接点などのデータは全くありません。なので言語表現が似ていたとしても、その結果どのような影響があるのかはわからないはずと思いました。
・クラスターの解釈について
この論文ではリツイートの類似性に基づいてふたつのクラスター(集団)を検出しています。651件のクラスター(安倍支持)と3,001件のクラスター(反安倍)です。用いた手法に問題はありませんが、クラスターの解釈は人間が行っています。ツイートの内容を人間が目で見て判断しています。内容のサンプルを見ましたが、「安倍支持」「反安倍」で分かれているのはよくわかりましたが、保守あるいはリベラルという違いはわかりませんでした。ここは前に書いたことの繰り返しですが、実データのサンプルを見て、やっぱりわからないと思いました。
嫌悪の感情を表す言葉を安倍支持クラスターの方がよく使っていたそうなので、余談で恐縮ですが、私なら “dislike”, “joy”, “fondness”, “anger”, “shame”, and “excite- ment”の使用頻度の偏りでクラスターを解釈できないかやってみたい気がします。ひとつの言葉ではなく、セットで使われている場合とかいろいろ試せそうです。でも、論文掲載のデータを見ると難しいかな。だったら、クラスターをもう少し細分化すればできるかも? そもそもクラスターの数は人間が調整できるはずなので、感情による区分でも最適な結果となるように調整すると、嫌悪の感情を表すクラスターは外部にも浸透しやすいとかいろいろなことがわかるかもです。リベラルとか保守とかは明確な定義が難しいし、定義しても異論出てくるし、だったらもっとわかりやすく共有しやすい形で解析や解釈を行った方がいいような気がします。私が党派制のないめんどうくさがりだからそう思うだけかもしれませんが。
・コアなリベラルでエコーチェンバーが発生している件
リベラルの定義っていろいろありすぎて考えているとまとまりません。
エコーチェンバーが発生している時点で、「反安倍は民主主義的価値観を必ずしも重んじていない」とは言そうな気がします。部分的な評価でしかないので、「必ずしも」です。
・数の違いによる影響
論文ではほとんど触れられていませんが、反安倍クラスターの方が数が多いのですが、数の大小による影響はないかなと思いました。数が少ない方がクラスターの外から取り込みやすいような気がします。これは余談に近い感想です。
・ツイッターの外からの影響
この論文でも触れているようにメディアの露出などがツイッターでの行動に影響を与える可能性もあります。たとえばメディアで露出の多い人に関してよく話題にするアカウントの方がフォローされたり、フォローバックされたりしやすい気がします。この論文ではこの点に関しては触れていません。
・フォローとフォローバックの関係性について(追記 10月23日)
フォローとフォローバックに注目して関係性を論じています。この時の根拠のひとつとして「Exploring Twitter networks in parallel computing environments」(Bo Xu、Yun Huang、Noshir Contractor、Proceedings of the Conference on Extreme Science and Engineering Discovery Environment: Gateway to Discovery、2013年7月、https://www.researchgate.net/publication/262311134_Exploring_Twitter_networks_in_parallel_computing_environments)という論文が参照されています。しかし、この論文では利用者を3つのタイプに分け、そのひとつに焦点を当てており、さらに関係性をinformativeなどいくつかに分けていました。この論文の内容がそのまま当てはまるかどうかは議論の余地があるように思います。
また、個人的な小規模な調査ですが、2018年に立憲民主党の比較的有名な政治家数名のツイッターアカウントのフォロワーを調べたところ、積極的に政権を支持する発言やリツイートを行っているアカウントが多数確認されました(調査結果は未公開です)。積極的な政権支持者のアカウントは政権批判者をフォローする傾向があるようで、私も政権批判者と誤解されて、フォローされることがあります。ツイートを時折拝見すると、少なくとも私に対して好意的ではないと思われる内容が見つかるのでそっと閉じます。この場合はフォローバックしてもリーチが広がったことにはならなそうです。フォローとフォローバックの関係の意味が異なると、結論もだいぶ異なってくるような気がします。
思いつくまま、よくわからなかったことをあげてみました。ちなみに論文掲載の解析結果を下記のように表現することもできると思います。
「安倍元首相に関する1億2千万件以上のツイートをリツイートの類似性でグループ分けしたところ安倍支持と反安倍に分かれた。リツイートを10回以上行うコアなアカウントでは反安倍134,855、安倍支持88,709と反安倍が多数を占めていた。安倍元首相に関するツイートはするものの、コアな支持者でも批判者でもない層は支持者のツイートに反応しやすかった。安倍支持のツイートには嫌悪の感情につながる表現が多く、貪欲に相互フォローを広げる傾向があったことが要因かもしれない」
もちろん、論文のようにリベラルの問題点を指摘することもできますし、逆に保守の問題点を指摘することもできます。同じデータを使っても分析や結果の解釈は行う人間の考え方でだいぶ異なってしまいます。
ただ、このデータと分析結果から「リベラルの声が中間層に届かない」という表現は飛躍があるように個人的には感じました。
●追記
自分の備忘録程度のつもりだったんですが、思いの他反応をいただいてしまいました。執筆者の方にも読んでいただき、noteにコメントまでいただき恐縮しています。
素人考えですが、データの解釈には思い込みや個人的意見が入り込む余地があり、適切な枠組み、用語の定義、仮説によって、余地を少なくしなければいけないと思います。余地が少なければ同じテーマでデータを取得、分析して類似の結論にいたります。今回はその余地が少し広めだったように感じました。
たとえば私はリベラルと思われているようですが、ツイッターでは政治的な発言はほとんどしていません。そして私自身は自分をリベラルと考えていません。なぜならその言葉の意味がわからないからです。今の日本でリベラルという言葉を広く共有できる形で定義することはとても難しいと思います。
ひとつの可能性としては国家に対する民主主義の指標(民主主義指数、V-Dem)に用いられている項目を個人の発言にあてはめて「民主主義の度合い」を測定できるかもしれません。ものすごく大変そうですし、いわゆるリベラルとはだいぶ違ってしまうかもしれませんけど。
いわゆるリベラルな人たちが必ずしも民主主義的価値観を重んじていないような気がするんですよね。もともとリベラルってそういう言葉ではないみたいですし。あくまで個人的な印象です。こうしたことを含めて、今後のいろんな研究成果に期待しています。私自身は門外漢なので、外から応援するだけなんですけど。
Democracy Index 2020: In sickness and in health?
https://www.eiu.com/n/campaigns/democracy-index-2020/
V-dem
https://www.v-dem.net/en/
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