スマホ脳から考えるネット世論操作

『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン、新潮新書、2020年11月18日)と、『スマホが学力を破壊する 』(川島隆太、集英社新書、2018年3月16日)『最新研究が明らかにした衝撃の事実 スマホが脳を「破壊」する』(川島隆太、集英社新書、2019年12月20日)を拝読した。一般書の脳科学はどうもうさんくさい印象があったのだけど、たくさんの先行研究の結果が引用されており、私の信用する方も読んでいたので読んでみた。
なお、著者の川島隆太先生は「脳トレ」で有名な方でもある。researchmapを拝見すると、現在もこの手テーマで論文を発表なさっている。

要約というか、気になった点をピックアップすると下記になる。

・『スマホ脳』では、人間は現代社会に適応するようにはできていないとし、人間の基本的な特徴を整理している。人間はネガティブ情報、ネガティブな感情を優先し、見知らぬ相手には「仲間ではない」として警戒、恐怖、不安を感じる。

・スマホは人間を行動に駆り立てるドーパミンを短絡的、永続的に分泌させる。テレビやゲームよりもその威力は大きい。


・スマホは使っていなくても持っているだけで、学習や行動、感情に影響を与える。世界のIQスコアは世代ごとに向上し続けてきたが、90年代後半に頭打ちとなり、減少し始めている。

・スマホは精神に悪影響を与え、精神疾患を引き起こす。2010年から2016年スマホの本格普及の時期から世界的に精神疾患が増加している。

・スマホのサービスの中でもメッセンジャーは知的能力に悪影響を与えており、日本ではLINEの影響が大きかった。

・スマホおよびITの進化は早く、これに対して調査研究には時間がかかる。そのため予防や対策のための科学的エビデンスは常に間に合わない可能性が高い。

・いちおう、それでも対策はある。

スマホ脳
『スマホ脳』は、そもそも人類という種は、現在のような環境に適応するようにはできていない、というところから話が始まる。社会集団の規模、寿命、死因、食糧事情など多くが、人類の歴史の中ではほんのわずかな期間で変化した。うまく適応できない方が当然だ。要約すると下記のようになる。最後に対策も書かれているが、それは本書を手に取って確認していただきたい。

・人間はネガティブな感情を優先する
感情というのは生存のための仕組みだという。あらゆる条件を元に行動を決定している余裕は通常はないので、必要に応じて素早く行動するには限られた情報で判断する仕組みが必要で、それが感情なのだ。そしてネガティブな感情はポジティブな感情に勝る。なぜなら脅威にはすぐに対処しなければ生存が脅かされるからだ。
ストレスも同様だ。猛獣と出くわした時に、「闘争か逃走か」という選択のストレスを受ける。現代でも仕事やローンなどストレスを受けることは多い。また、「もし……になったら」といった今後起こる可能性のあるものへの不安もストレスとなる。しかし、もともとストレスは「闘争か逃走か」を判断するまでの短い時間でのものだったのが、現代では長期間持続するようになっている。そうすると、「闘争か逃走か」以外の睡眠や食事などを後回しにするようになってしまう。本書ではくわしくホルモンや脳の機能について説明しているが、ここでは割愛する。

・人間はネガティブな情報(特に他の人間についての)を優先し、仲間と仲間でないものに区分する
前項と同じ理由でポジティブな情報よりも、ネガティブな情報の方が優先され、好まれる。その中でも他人の噂話は重要だ。なぜなら、人類の歴史のほとんどで死因は飢餓、干ばつ、伝染病、出血多量、そして他の人間に殺されることだった。人類全体の10〜15%は他の人間に殺されていた(現代では1%未満)。そのため他の人間に対する情報は重要だった。
特に見知らぬ相手には「仲間ではない」ものとして強い警戒心を持つようになった。知らない相手に対して、警戒心、不安、恐怖が湧いてくるのは当然の反応だ。

・スマホは人間を行動に駆り立てるドーパミンを激しく分泌させる
人間は、金、食料、セックス、承認、新しい経験の「可能性」に対して強く反応する。そのものではなく、可能性=確実になにかを達成できる時よりも、3割から7割程度達成できる時にドーパミンが分泌され、行動に駆り立てられる。ドーパミンは人間に行動する動機を与える役割を担っているのだ。
ギャンブル、投資、テスト、ビジネス、研究、ゲーム、ケンカ、議論などなどドーパミンを分泌させるものはたくさんある。その中でもスマホは群を抜いている。SNSでのいいね!やRTなどはドーパミンを分泌させる。間断なく情報が流れ込み、刺激を与え続けるおかげで集中することができず、記憶にも残らない。
スマホの魅力はすさまじく、誰かとディナーをともにした時、テーブルにスマホを置いただけで目の前の相手を少しつまらなく感じるようになるという調査結果もある。
スマホは短絡的なドーパミンを生み出し続ける永久機関だ。

・スマホの普及が精神に悪影響を与える
睡眠不足、幸福感の欠落、孤独を感じる、精神科に通院するといったことが、2010年から2016年にかけてのスマホの普及によって引き起こされている。さまざまな調査結果からみて、スマホは世界中でこの傾向を拡大している。

・世代ごとに向上してきたIQスコア(フリン効果)が、90年代終わりから頭うちになり、減少に転じた。

スマホの影響についての実証研究には時間がかかり、結果が出る頃には次の変化が始まっている。常に研究成果は後追いとなり、予防はもちろん対策にも間に合わない可能性がある。

『スマホが学力を破壊する 』『最新研究が明らかにした衝撃の事実 スマホが脳を「破壊」する』
どちらもさまざまな調査研究の結果から、スマホが人間の知的能力に悪影響を与えることは科学的結論であるとしている。その悪影響の威力は想像を超えていてた。
中心となっているのは著者自身が関わっている仙台市で継続的に行っている調査である。仙台市の市立中学全生徒2万人以上が対象だ。経年変化を追うことでスマホの利用を開始した生徒、スマホの利用を止めた生徒などの変化を個別に終えるため、「成績が悪い生徒がスマホを利用する」のか、「スマホを利用したから成績が悪くなった」のかという因果関係も推定できる

・スマホの利用そのものが成績に悪化させていた
まず、スマホを利用している学生の成績がよくないと聞いて、スマホを使っているため学習時間が減るせいかな? と思ってしまったのだが、それは2つの点で違っていた。学習時間が長い生徒でもスマホを利用していると成績はよくないのだ。そして、学習しながらスマホを利用している生徒もいた。学習時間とスマホ利用は排他的な関係ではなかった。スマホのせいで睡眠時間が減ったせいというのも違っていた。スマホの利用が成績の悪化に影響していた。
こうした傾向は国内外の他の調査でも確認できた。
『最新研究が明らかにした衝撃の事実 スマホが脳を「破壊」する』では、スマホの利用によって脳の発達が止まることもわかった。

・テレビやゲームと比べてもスマホの悪影響は強い
また、同様の影響がテレビやゲームでも起こる可能性についても調査し、スマホは特に影響が大きいことがわかった。スマホは利用していなくても持っているだけで、そちらに注意を奪われ、学習などに大きな影響を与えていた。

・特に悪影響があるのはメッセンジャーアプリ。日本ではLINEだった。
スマホの中でもいわゆるメッセンジャーアプリの影響が大きい。日本だとLINEだ。LINEに絞ってみるとやはり影響は大きかった。

・複数のことを同時に行うマルチタスキングは学力低下、認知能力低下、精神状態の悪化につながる。

・調査研究には数年はかかる。

●個人的な感想
あまり本題にはかかわっていないで書かなかっただが、『スマホ脳』では、人間は幸福になるようにできていないと書いて合ったのが印象的だった。幸福であることが生存の可能性を高めるわけではないというのが、その理由。むしろ常に不安を持ち、警戒を忘れない者の方が生存の確率が高くなる。

スマホの悪影響が予想以上で、脳の成長が止まるまでは思っていなかった。もちろん、そうではないという研究者もいると思うので、見つけたら確認してみたい。

スマホの悪影響以上に、気になったのは人間はドーパミンを強く求め、依存しやすいことだった。そして、SNSはドーパミン天国を作り出していた。流行り、依存症になったりするのは当然だ。

陰謀論やヘイトが流行るのも、ネガティブな感情を優先し、「仲間でない」ものに不安や恐怖を持つ性質と合致する。そもそも100年以上前に非論理的、非科学的と判明している選挙制度をいまだに守り続けているのもドーパミンがどぱどぱ出るからだろうし、公平や平等が理念として好まれてもなかなか実践されないのはそうでない方がドーパミンが出るからだろうし、いろいろ不合理なことは「そっちの方がドーパミンがたくさん出るから」で説明できてしまうのが危険。

人間は、より単純な説明に飛びつきがちなので気をつけなければいけないけど、これらの本に書かれていたことは、思った以上にネット世論操作の実態とも当てはまったのでびっくりした。私はかつて『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書、2018年11月10日)で、ネット世論操作がはびこる背景のひとつとして、機能的識字能力が低いことをあげた。世界の人口の少なからぬ割合が、文章を読むことはできても正しく意味を理解できないのだ。もしかしたら、これに加えてスマホによる知的能力低下の影響もあるのかもしれない。


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