『フェイクニュースの生態系』を拝読! おすすめです!

『フェイクニュースの生態系』(藤代裕之、耳塚佳代、川島浩誉、青弓社、2021年9月7日)を拝読した。発売されたら速攻で読もうと思っていたが、電書同時発売ではなかったのでいささか間が空いてしまった。日本にいないので電書でないと買いにくいのである。

●本書の特徴
フェイクニュース研究の第一人者が編著したものだけに読み応えがあり、気づきも多く、頭が整理された気がする。本書で個人的によかったのは下記である。

・フェイクニュースをメディアの生態系の問題としてとらえ、現在のメディア生態系の構造を俯瞰的に整理している。
・ファクトチェックやメディア・リテラシーがかえってフェイクニュースの拡散を助長する危険性など、日本であまり紹介されていない重要な側面にも触れている。
・新聞など大手メディアの問題点を整理し、指摘している。生態系全体が汚染されており、大手メディアも例外ではない。
・豊富な事例を紹介し、いくつもの独自調査を行っている。
・今後に向けての提言を行っている。


●生態系全体の汚染
ひとことで言うと、これまでどちらかというと断片的に論じられることが多かったフェイクニュースの問題をメディア全体=生態系の問題として整理している。生態系として俯瞰して見ることで次のようなことが見せてくる。このへんはあくまで個人的に気になった箇所をピックアップしているだけで、他にもっと重要な箇所があるかもしれない。

・SNSで炎上していない話題を炎上しているとミドルメディアが取り上げ、それをポータルサイトが紹介し、そこからさらに新聞など他のメディアに取り上げられ、拡散するフェイクニュース・パイブラインの存在と威力。たとえばコロナ禍でのトイレットペーパー不足の原因をSNSでデマが拡散したためという記事が多かったが、実際にはテレビの影響が多かった。SNSで拡散していないことをメディアが取り上げることで「非実在炎上」が発生する。また独自に調査した結果、メディアで拡散するデマと、SNSで拡散しているデマには大きなズレがわかった。

・新聞に「こたつ記事」が増えたことが新聞のミドルメディア化を進め、生態系全体の汚染が進むことになった。

・メディアの生態系でビジネスとしての側面も取り上げており、SNSやミドルメディアに留まらず、新聞など既存メディアやファクトチェック機関までページビューを稼ぐことを重要視するようになってことを指摘している。これによって生態系全体がページビュー偏重のものになった。

・ファクトチェックは困難な状況におかれている。トランプのように邪魔なメディアを「フェイクニュース」と呼ぶ「ファクトチェックの武器化」が進んでいる。その一方で、正当なファクトチェックがフェイクニュースとみなされてしまうことも起きている。

・受け手である人々の情報への接触についても分析を行っており、「フェイクを信じる若者」は本当なのか検証を行っている。

・現在の汚染された生態系の中ではメディアリテラシーはかえって逆効果となる可能性が高く、批判的思考が大手メディア批判につながり、そこから大手メディアが報道しない事実を求めてフェイクニュースにはまる危険性を紹介している。

これらが有機的に連鎖し、生態系全体の汚染を拡大している。


●気になった点など
・グーグルやフェイスブックが生態系汚染を加速している問題

本書でも触れられているが、もっと掘り下げてもよかったような気がする。この2社(プラスAmazon)がデジタル広告を寡占し、広告などでメディアの生態系を汚染しているのは明らかである。フェイクニュースの収益源もここから発生している。もしかしたら私が気にしすぎなのかもしれない。このへんの問題は、「ファクトチェックを取り巻く課題」(https://note.com/ichi_twnovel/m/m0155e2be84c8)でいろいろ紹介した。

・フェイスブックのCIB(協調的違反行動、Coordinated Inauthentic Behavior)基準や、影響工作の概念も取り入れるとさらに包括的になりそう
フェイスブックはフェイクニュースなどを流すアカウントをバンしているが、コンテンツの内容よりもアカウントの行動に着目して判断している。そして最近目立つ7つの傾向をまとめている。これらは国家などが行う組織的な活動を対象としているが、日本のメディアにも当てはまることはありそうだ。たとえば影響工作の可能性を指摘することで、あらゆるものが怪しく見えるように仕向ける「パーセプション・ハッキング」と呼ばれる手法は、意図せず日本でもよく用いられているような気がする。本書でも取り上げられている「マスゴミ批判」や「ファクトチェックの武器化」もそのひとつと言えそうだ。言論封殺のために政権が意図的に仕掛けていたら、世界の最先端を行っていることになる。フェイスブックの基準などの詳細はこちらの記事にまとめてある。

・ベン・ニモのブレークアウトスケールから社会への影響を評価できそう
日本はよく「独裁者のいない全体主義」と言われるが、ベン・ニモのブレイクアウト・スケールに当てはめるとカテゴリ5に達しており、かなり危険な水準となっていることがわかる。ちなみにプロパガンダ・パイプラインあるいはフェイクニュース・パイプラインの発生はカテゴリ4となっている。
ブレイクアウト・スケールは原則として何者かが影響力を拡大するために行っている工作の危険度を測るものでカテゴリー1から6まである。6が緊急対処が必要なレベルで5の段階で危険水域である。社会への影響の度合いという観点でこのスケールに当てはめられそうだ。
ブレイクアウト・スケールは原則として何者かが影響力を拡大するために行っている工作の危険度を測るものでカテゴリー1から6まである。6が緊急対処が必要なレベルで5の段階で危険水域である。社会への影響の度合いという観点でこのスケールに当てはめられそうだ。

・情報に対する態度の変化
本書では情報の接触や信頼について検証しているが、本質的な情報に対する態度の変化については特に触れていない。もっとも本質的な情報の扱い方の変化というのは私だけが感じていることかもしれない。端的に言うと、「信用度に関係なく利便性のよいものを利用し、感情で反応する」ようになっている気がする。アメリカではPew Research Centerの調査、日本では『アフターソーシャルメディア 多すぎる情報といかに付き合うか』(藤代裕之他、日経BP、2020年6月25日)などで確認できる。
同じことはSNSでの反応についても言える。内容よりもタイミングよく流れてきたツイートに直感的に反応している可能性が高いこと別記事で紹介した。
信用していない、あるいは内容をろくに見ていないものをなぜリツイートするのか? と思うかもしれないが、テレビを見て、ぶつぶつ感想を言うようなものなのだと思うとわかりやすい。ちょっと気になったから反応しただけで、それ以上の意味はない。その内容を信じるとか、支持するとかは全く別の話なのである。そもそも内容をちゃんと見ていない。
この態度変容は個人的には非常に気になっている。なぜならメディアの生態系にも大きく影響を与えるからである。特に多くのメディアがページビューやエンゲージメントを偏重している場合には。

・受け手の能力の問題
フェイクニュースを考える時に、以前から個人的に気になっている問題がある。それは受け手の能力の問題である。OECDのPISAの結果や「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」(新井紀子、東洋経済新報社、2018年2月2日)でわかるように多くの人は機能的識字能力に問題を抱えており、検証をともなうファクトチェックの記事など複雑なものは理解できない可能性が高く、計算能力にも問題を抱えている
それに対してフェイクニュースは本書でも紹介されていた「新奇性仮説」のように情動を刺激するため受け手の能力の問題を問わない。そもそも正しく理解される必要がない。
このへんは以前拙著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』で取り上げた問題なのだが、他の方がほとんど取り上げていないので、もしかしたら自分の考え方が的外れなのかな? と気になっている。

・ささいなことだが、せっかく大学に在籍してらっしゃるだから、ツイッター社が無償で学術関係者に提供しているサービスを利用してもよかったのでは? と思った。あれを使うと無償でツイッターの全アーカイブにアクセスできるようになる。アーカイブから以外で取得できるデータは、アカウントの削除、ツイートの削除などを反映するため動的なデータで厳密に言うとリアルタイムに変動する。そのため同じ条件でデータを取っても異なる結果となる。そのためよくリツイートされるアカウントがなくなったり、大量にリツイートされた元ツイートが削除されると結果に深刻な影響が出る可能性がある。
これに対してアーカイブは静的であり、削除されたものもそのまま残っている。同じ条件でデータを取れば同じ結果になるはずである。
莫大なツイッターのアーカイブを利用すれば知見もより広がる可能性がありそうだ。

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