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プリンストン大学ESOCによるメディアの系統的偏向の調査結果

プリンストン大学ESOCによるメディアの偏向については拙著『ウクライナ侵攻と情報戦』『ネット世論操作とデジタル影響工作』でもとりあげた。今回ご紹介するのは新しい調査結果「NEWS MEDIA REPORTING PATTERNS AND OUR BIASED UNDERSTANDING OF GLOBAL UNREST」(2022年10月5日、https://esoc.princeton.edu/WP32)である。
「ESOC Working Paper #27 : Media Reporting on International Affairs」https://esoc.princeton.edu/WP27 )に続くメディア調査第2弾である。


●調査の概要

前回が幅広い範囲におよぶ調査であったのに対して、今回はアフガニスタン 、イラク、フィリピン、南アフリカ、シリアをとりあげ、行政機関の詳細な記録とメディアの報道を比較している。この調査が重要であるのは、世界の多くの紛争などで詳細な記録がなく、メディアの報道のデータセットをもとにして、政府機関、国連、世界銀行などが意志決定を行っているからである。つまりメディアの報道が偏っていることは重要な意志決定を歪める可能性を含んでいる。
大きくふたつの要因によって歪められる可能性が指摘されており、実際の報道内容と詳細な記録と付き合わせた定量分析を行って検証している。
ふたつの仮説はレポートでは巨大な表に細かく区分されて説明されている。

1.報道機関の能力の問題

激しい紛争地帯には立ち入ることができないし、ビザが発行されないこともある。さまざまな要因で取材が制限されることがある。
もうひとは観察可能性で、直接間接に情報を得られる可能性である。たとえば反乱軍にそちら側のジャーナリストと認識されれば同行して取材が可能になるし、一般人から情報や画像を募ることもできる(スマホの電波がない地域での情報がなくなるという逆の問題も起こる)。

2.編集時の取捨選択の問題

新規性の優先、ターゲット属性(国籍、性別、民族、宗教など)による違いなどによって記事の扱いに違いがある。たとえばイスラム教徒による攻撃は他の攻撃に比べて357%多く報道される。また、読者や視聴者が飽きてくると報道を抑制する。

●メディアが描く世界は現実の記録とは乖離していた

2つの問題を検証可能な仮説に変換して、検証を行った。くわしい検証の内容はレポートをご覧いただいたきたい。結論のおおまかな内容は下記。

・内容による違い。死者が出た事件とそうでないものでは大きな違いがあった。
アフガニスタンでが治安部隊の記録(比較的信頼できる詳細なデータ)では死亡事件1に対して死者のでていない事件は6.74だった。報道では、死者0.99対1となっていた。
攻撃者の属性による偏向も確認できた。

・攻撃のタイプ、地域、日数などによって違いがあった
爆弾テロは武力攻撃より取り上げられやすかった。首都圏や都市部と他の地域ではその内容と報道した日数が見られた。

・再現性の検証
この調査ではメディアからだけのデータから全体を再現し、行政記録と比較する検証が行われている。「“REVERSE” REPLICATIONS」と呼ばれる方法で、271の検証の結果、一致したのは81件(30%)に留まった。残りは一部もしくは公的に全体が実際に起きたとされることとは異なっていた。

全体の結果として、メディアの報道は系統的な誤りを含んだものであり、こうしたデータセットがさまざまな意志決定に参考にされているのは問題であるとしている。補正する方法の可能性も示唆されていた。

●感想

プリンストン大学ESOCの以前のレポートではデジタル影響工作よりもメディアの偏向の方が問題であるという指摘もあった。世界各国および国際機関での意志決定にメディアの影響が一定以上あるし、正確な統計データが存在していない場合に参照されることもある。
個人的にはプリンストン大学ESOC以外にもこうした研究は存在するが、それらはデジタル影響工作ほどには注目されていない。ひとつには対ロシア、対中国との争いの一環という理由があるが、もうひとつはメディア自身が取り上げないということも大きな理由だろう。
ウクライナ侵攻では、同様のことが起きている可能性が高い、というかすでに起きている。

さらにもうひとつ懸念すべきことがある。さまざまば分野でAIの利用が進んでいるが、メディアの報道もAIの学習に使われるデータセットになることがある。ガベージインガベージアウト。偏向した報道を学ばせれば偏向した結果が出てくる

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