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リベラルってなんだっけ? フランシス・フクヤマの『リベラリズムへの不満』を読んでみた

フランシス・フクヤマの『リベラリズムへの不満』(新潮社、2023年3発17日)を読んでみた。フランシス・フクヤマというと『歴史の終わり』が有名だ。今回の『リベラリズムへの不満』はリベラリズムに対するさまざまな批判に答え、現在抱えている問題の解決を提示する内容になっている。
リベラリズムの歴史から解説していて、わかりやすい。正直、リベラリズムと民主主義、リベラリズムのさまざまな派閥など判然としないことが多かったのだが、本書ではそのへんがきれいに整理されている。あくまでフランシス・フクヤマの視点でということだが。

●本書の内容

本書は下記のように構成されている。


第1章古典的リベラリズムとは何か 定義と歴史的解説
第2章リベラリズムからネオリベラリズムへ 極端なネオリベラリズムへの発展
第3章利己的な個人 ネオリベラリズムが引き起こした資本主義への反発と不満
第4章主権者としての自己 個人の自律性の重要性について
第5章リベラリズムが自らに牙をむく 個人主義や普遍主義への批判
第6章合理性批判 近代自然科学批判から右派ポピュリズム
第7章テクノロジー、プライバシー、言論の自由 現在のテクノロジーのもたらす問題
第8章代替案はあるのか? リベラリズムに代わる代替案の検討
第9章国民意識 リベラリズムと国民意識の問題
第10章自由主義社会の原則 古典的リベラリズム再興のための原則

本書を読むことで、(フランシス・フクヤマの視点ではあるが)リベラリズムの歴史から、批判とそれらへの反論、課題の克服方法などがひととおりわかるようになっている。考えてみるとよくわからない下記のようなことも整理されている。

・そもそもリベラルってどういう意味だったっけ?

・リベラリズムと民主主義に包含されることが多いが、民主主義とは多くの国で普通選挙によって実現されている国民による統治であり、リベラリズムは法による支配=抑制機構(チェックアンドバランス)である。たとえ民主的に選ばれた政府であっても法のもとでその権限は制限を受ける。

・古典的リベラリズムの基本原則は寛容であり、具体的には多元的社会の多様性を平和的に管理するためのものと言える。


リベラリズムはさまざまな批判を受けてきており、今も受け続けている。それらへの回答も体系的に網羅されている。例えば下記ような批判がある。

・リベラリズムは個人主義だが、それは西洋の概念であり、他の文化圏とは相容れない

・リベラリズムは自発性を前提としているが、それが社会・集団的な制約で自発的に選択できないことを無視している。

・リベラリズムは抑制機構(チェックアンドバランス)にすぎず、問題を解決するには時間がかかりすぎる。

・リベラリズムは植民地主義に根ざしている。

・リベラリズムは近代自然科学の認識様式と結びついている。人間の外に客観的な現実が存在しており、人間は科学技術によって自然を理解し、制御できるようになるという考え方だ。しかし、科学技術は権力者などさまざまな社会的要因によって影響を受け、歪められている。

ひとつずつあげていくときりがないが、こうした問題を史実などを引き合いに出して論駁していく。
そして、リベラリズムに代わる代替案がないことを示し、最後に古典的リベラリズム再興のための原則を提示している。

●感想

とにかく、いろいろわからなかったことが整理されていて勉強になったというのが率直な感想。もちろん、あくまで著者の考えた整理なのでうのみにはしない。
わかりやすく整理するためには仕方のないこととはいえ、現象学に触れていなかったり、加速主義や暗黒啓蒙などもネオリベラリズムにまとめられていたことはちょっと残念だった。

本書を読み終えて強く感じたのは、「これまではこれでいいかもしれない。これからはわからない」ということだ。だいぶ前から言っていることだが、今の時代は、100年に一度あるいは千年に一度の災厄が毎年起こる、なにをやっても基本的には世界の状況(気候変動、疫病、エネルギー、食糧、移民)は悪化する時代だ。
仮に世界経済がバラ色のように繁栄しても、自然災害や疫病で多数の人が死に、多くの人が住む場所を失って難民となることは避けられないだろう。その時、本書に書かれていた原則を守ることができるのかとても気になる。

ちなみに本書を読んでも「右派」と「左派」の違いはよくわからなかった

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