フェイクニュースは過去のものとなった ベン・ニモの「THE BREAKOUT SCALE」

ベン・ニモが何者であるかを先にご紹介しておいた方がよいと思う。写真家、ライター、ダイバー、NATO報道官、軍事アナリストなど、あまりにもさまざま仕事をしているのだが、ネット世論操作に関して言うと大西洋評議会のデジタル・フォレンジック・リサーチラボで研究をした後、グラフィカに異動し、現在はフェイスブックのGlobal IO Threat Intel Leadである。多国語を操り、ロシアのネット世論操作にもくわしい。この分野における世界的な権威と言っても過言ではないだろう。
そのベン・ニモが2020年9月にアメリカのシンクタンク、ブルッキングス研究所から公開したレポートが、「THE BREAKOUT SCALE: MEASURING THE IMPACT OF INFLUENCE OPERATIONS」(https://www.brookings.edu/research/the-breakout-scale-measuring-the-impact-of-influence-operations/)である。昨年のものであるが、最近のネット世論操作について彼なりの分析を行っており、大変参考になる。フェイスブックのレポートなどと合わせて読むとさらに参考になる。

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●フェイクニュースは過去のもの
もうひとつ先に説明しなければならないのは、ネット世論操作の関係者の多くはもうフェイクニュース、disinformation campaignといった言葉を使ってはいないことである。代わりに使われているのはIO(influence operations)というである。日本語にすると影響工作。ネット以前から存在した言葉でさまざまな方法で相手の社会に影響を与える作戦だ。
フェイスブックのレポート「Threat Report The State of Influence Operations 2017-2020」からその定義を紹介する。

影響工作(IO、influence operations)とは、戦略的目標のために公の議論を操作、毀損する一連の活動。

そして、コンテンツ、投稿の内容よりも行動を重視するとしている。なぜなら、内容が誤情報やプロパガンダでなくても偽のアカウントを使って拡散していればそれは影響工作になるからだ。この点がフェイクに焦点を当てた、これまでとは大きく異なる。
プラットフォームの自動検知などの防御措置を回避するためにさまざまな方法が考案されており、それを検知するためには行動に焦点を当てる必要があった。たとえば、一般の利用者が投稿した偏りのある発言(それ自体が検知、削除されるほどではない)と類似の発言を意図的に広範に拡散すれば、偏りのある意見を持つ者が多数いるように見せることができる。また、以前私が往復ビンタと呼んだ方法もフェイク検知では対抗できない。往復ビンタとは、たとえば選挙戦において最初にフェイクニュースを流し、それが発見された後に、そのフェイクニュースによって選挙結果に影響が出たと煽り、選挙への信頼を失わせることである。
フェイクニュースだけに注目しても、ネット世論操作への対処はできない。そのことがこの数年ではっきりしてきたのである。


●ブレイクアウト・スケールのインサート・ポイントとブレイクアウト・モーメント
まず、ベン・ニモは感情の変化をリアルタイムで確認することは現実には難しく、測定可能なコンテンツの伝わり方を確認することを提案している。影響工作のコンテンツが、ソーシャルメディア、主流メディア、実生活の3つの次元でどれだけ効果的に広がるかを、異なる作戦間で比較可能な要素を用いて定義している。最も危険な影響力工作は、多くの異なるコミュニティに、多くのプラットフォームに、そして現実の言説に広がる最大の能力を示すものと言える。

最初にコンテンツを仕掛ける場所=「インサート・ポイント insertion point(s)」と、それが拡散する瞬間=「ブレイクアウト・モーメント breakout moment(s)」をとらえる。拡散する瞬間=ブレクアウト・モーメントとは影響工作のメッセージが新しいコミュニティに拡散したタイミングである。拡散するのは必ずしも工作部隊とは限らない。たとえば、Black Lives Matter活動家がロシアのネット世論操作部隊IRAのミームをリツイートするようなことも起きている。
ブレクアウト・モーメントを連続して発生させることもある。2016年にロシアの軍事情報機関GRUが民主党全国委員会(DNC)のサーバーをハッキングし、数千通の電子メールをダウンロードした際には、まず偽のハクティビストのアカウントを作り、インサート・ポイントとした。そのアカウントにフォロワーを集め、オンプラットフォーム・ブレイクアウトを起こし、次いでクロスプラットフォーム・ブレイクアウトを起こした。さらにジャーナリストに連絡を取ってリーク情報を売り込み、クロスメディア・ブレイクアウトを引き起こした。最終的には、DNC の電子メールが公開されたことで、DNC 議長のデビー・ワッサーマン・シュルツをはじめとする DNC の上級スタッフが辞任するという、政策的なインパクトを伴うブレイクアウトとなった。

●ブレイクアウト・スケールの6つのカテゴリー
ブレイクアウト・スケールでは影響工作を評価するために、影響するプラットフォーム(拡散母体)の数と、コミュニティの数の2つを軸に、6つのカテゴリに分けている。
6つのカテゴリーは後になるほど、その影響度合いは大きくなり、カテゴリー6が最大である。それぞれの概要は図の通りである。

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カテゴリー1から3は比較的わかりやすいので説明は割愛する(レポートには詳述されている)。

カテゴリー4は、SNSでブレイクアウトしたコンテンツが既存のメディアに取りあげられることである。プロパガンダ・パイプラインあるいはフェイクニュース・パイプラインと呼ばれるものと同じだ。
レポートでは、いくつかの例を挙げている。イランのオペレーション「Endless Mayfly」は、偽のウェブサイトを作成して、カタールが2020年のワールドカップに向けて準備を進めているという偽の記事を掲載し、ロイターが一時的に報じた。ロシアのIRAは、そのアカウントによるツイートが主流の報道に組み込まれたことで、カテゴリー4を達成したことが数多くある。2017年1月、ロサンゼルス・タイムズ紙は、スターバックスが難民に仕事を提供することを決定したことに対する反応を伝える記事の中に、IRAの2つの異なるTwitterアカウントのツイートを埋め込んだ。また、IRAのペルソナであるジェナ・エイブラムスは、キム・カーダシアンに関する「彼女」のツイートに関する短い記事の中心となった。

カテゴリー5は、著名人など影響力のある個人によって作られるブレイクアウト・ポイントである。その代表はドナルド・トランプで、2016年9月28日の選挙演説では、グーグルが「ヒラリー・クリントンに関する悪いニュースを抑えている」と主張し(情報源はブライトバートらしい)、ロシアのプロパガンダメディアであるスプートニクが拡散し、ブライトバートを含む親トランプ派のメディアによって増幅された。ミュージシャンのロジャー・ウォーターズは、ロシアとアサド政権が広めたホワイトヘルメッツ救助隊に関するデマを信じて拡散したことがある。

カテゴリー6は緊急の対処が必要なカテゴリーである。たとえば、IRAの作戦は、2016年5月にテキサス州ヒューストンで相反する2つのデモを組織し、デモ参加者に武器を持参するようアドバイスしたことでカテゴリー6に達した。上述したように、後から見ると、この作戦がどれほど効果的だったかを疑問視する正当な理由がありますが、もし作戦研究者がイベント前にこの作戦を発見していたら、武装して対立する2つのアメリカ人グループが対峙することの危険性から、緊急を要する問題となっていただろう。

陰謀論もまた、甚大な被害をもたらすリスクがあれば、カテゴリー6になる可能性がある。武装したアメリカ人がワシントンD.C.のピザ屋を襲撃したピザゲートや、イギリスの放火犯が携帯電話の電波塔を攻撃するにいたった反5G説などがこのカテゴリーに入る。前述の民主党全国委員会ハッキングも最終的にはこのカテゴリーまでに成長した。
ブレイクアウト・スケールはリアルタイムでの対処のためのスケールであるため、実際に人々に危害がおよぶ事件が発生する可能性があればこのカテゴリーに入る。

●さいごに
ベン・ニモは、さいごに注意喚起で締めくくっている。
ブレイクアウト・スケールでは、SNSや著名人などが影響工作にブレイクアウトのチャンスを与えていることがわかる。ジャーナリストや政治家にも当てはまることに注意が必要だ。ジャーナリストや政治家を介して広がることで影響は大きくなる。特に、ジャーナリストはよく利用される
このようなジャーナリストや政治家はほとんど注目されていなかった影響工作を一気に拡散する可能性がある。影響工作を実行する者はこのことを熟知している。政治家、ジャーナリスト、他のインフルエンサーは、影響工作からの働きかけに注意し、拡散に加担しないような注意が必要である。

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