欧州議会の報告書から メタバースの地政学
2022年6月24日に欧州議会のシンクタンクEPRSがメタバースに関する報告書「Metaverse: Opportunities, risks and policy implications」(https://www.europarl.europa.eu/thinktank/en/document/EPRS_BRI(2022)733557)を公開した。
2022年3月9日に公開されたEUのART(analysis and research team)の報告書「Metaverse – virtual world, real challenges」(https://www.consilium.europa.eu/media/54987/metaverse-paper-9-march-2022.pdf)と並べて読むとEUの方向性がわかっておもしろい。
アメリカなど他の国でも同様の報告書があるっぽいので機会があったら紹介したい。
●メタバースは産業や社会に変化をもたらし、地政学的変動をもたらす可能性が高い
「Metaverse: Opportunities, risks and policy implications」は包括的な内容になっており、下記の分野についての政策への影響や課題を整理している。
・競争環境
・データ保護
・危険性(犯罪など有害な行為)
・金融
・セキュリティ
・健康
・アクセシビリティとインクルーシブ
一方、「Metaverse – virtual world, real challenges」はメタバースの過去、現在、今後を紹介し、これからの課題を概観するに留まっている。
6月に公開された「Metaverse: Opportunities, risks and policy implications」は「Metaverse – virtual world, real challenges」の内容を踏まえて整理されたものとなっている。
この報告書はEUの政治的な視点からのものなので、想定される問題点と予防、対処するための規制などが中心である。明るいメタバースの可能性を描いているものではない。
その背景にはメタバースは、産業や社会に変化をもたらし、地政学的変動をもたらす可能性が高い、という問題意識があるようだ。
●報告書の2つのポイント
どちらもコンパクトなので関心を持った方は直接ご覧になることをお勧めする。
偏っているかもしれないが、私の印象に残ったのは、下記の2点である。
1.メタバースの普及は想像以上の変化を社会と個人にもたらす
たとえばデータ保護にしても、現在は利用者の「同意」を前提にしているが、メタバースに没入している時にいちいち「同意」を取れるのか? という問題はある。没入感のある体験ゆえに精神面への影響があることもわかってきている。これはメンタルケアの必要性ももちろんだが、感情を刺激され、行動をコントロールされる可能性もこれまでのネットサービスよりも高くなる。ネット上で広がっている陰謀論や極右あるいは白人至上主義などのグループが拡大する可能性も高い。多様な新しい犯罪が生まれ、犯罪の追跡は難しくなってくる。
報告書であげられた問題の多くは、これまで見たことがあるものがほとんどだが、まとまって全分野を網羅されると、「この変化が同時に進んだらどうなるんだろう?」といささか不安になる。
2.地政学的な覇権争い
中国はすでに国家でメタバースに取り組んでいるし、アメリカのIT企業はメタバースに参入している。言うまでもないが、グーグルやフェイスブックなどのビッグテックは地政学上のアクターとして考えるべきだ。
メタバースと暗号通貨は切り離せないが、今後の通貨に関してはデジタル元とデジタルドルの覇権争いになるだろう。インドやロシアは今後可能性のあるアクターとして注目されている。報告書に日本のメタバースの可能性について言及がないのはちょっとさびしい。
EUはメタバースを地政学上重要な意味のあるものと位置づけているようだ。
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