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花屋で働く恋人を辞めさせたい


 傷つけてしまった時、穴を空けるのよ。


「また空けたんですか」

 日に日に穴が増える。

 この人はいつもわかりやすい。すぐ表情に出るし、乱暴と優しさが共存しているようにも見える。きっと僕が出かけているタイミングで空けているのだろう。とはいえ、どうやら隠す気はないようだ。台所に置いているごみ袋の中に、使用済みと思われるそれが見えている。

「なんか、空けたくなって」

 僕にもそういう時期があった、と、そう言うとなんだか傲慢かもしれない。もし仮に、人の要素を外面と内面に分けられるとしたら、概ね外からいく人間が多い。この人の笑顔は、今の季節特有の乾燥からくる肌のひび割れみたいだ。僕にだけわかる儚さで、胸の内が灯っている。

 耳のあたりをじっと見ている。あまり僕の方を向いてはくれないからだ。毎朝芸術的な寝癖がついている。火にかけたやかんに手の平を向けて暖を取っているその姿は愛らしく、纏っているのは曜日感覚など溶けていそうな緊張感のない空気。枯れた花には蝿がたかっている。


 僕は写真家だ。

 他者からはあまり呼ばれないが、少なくとも自分ではそう名乗るようにしている。それはとても恥ずかしいことのようだが、"この人もそうしている"から真似している。そもそも生まれた瞬間全員恥さらしだろう。

 今例えば目の前にいるこの人に気づかれないように写真を撮り、それを適当にネットの海に流せば、"おわり"だろう。それこそが証明だ。
 人は恥の塊みたいなもので、汚れている方が正常だと思う。ただその正常と思われる人間とは現実で接触はしたくないものだ。僕はとびきり、性格が不愉快である。


「今日は雨みたいですよ」
「ね、楽しみです」

 いいんだよ、そういうのは。

 雨でも、それをいい天気だと言ったり、失敗は失敗じゃないと言ったり、お金より大切なものがあるとかなんだとか。


 うんざりだ。

 雨は悪い天気だ、失敗は失敗だし、僕は今すぐ大金がほしい。そしてもしも大金を手にしたとしても僕には特別やりたいことも欲しいものもない。その想像をする度、くらくらするほど腹が立つ。

 人の物を盗んでしまいたい。もっと言えば、人そのものを盗んでしまいたい。解剖して、改造して、自分好みのドレスを着せてやるのだ。ふと、どうして犯罪をするんだろう、どうしたって捕まるのにねと古い友人が零していたのを思い出す。


 まったく、異常だ。

 僕は追い詰められれば何の躊躇いもなく物を盗むだろうし、人を物理的に傷つけるだろう。そういう環境、状態じゃないだけだ。たったそれだけの理由しかない。倫理とか道徳とかはどうだっていい。隙あらば感謝しているし、自分を恵まれている人間だと思わずにはいられない。

 わかっているだろう。この人は僕に似て、まどろっこしいことが"本当は"苦手なのだ。それでも異常になろうとして踠いている。その姿をずっと隣で見ていたいから、もしくは支えたいと思い、こうして同じ屋根の下で生きている。笑った顔は、全部、嘘だと思ったほうがいい。表情には出るが、それは帰着点ではない。


「雨だと全然お客さん来ないんですよ」

 両手にマグカップを持って歩いてくる。こちらの心配などよそに、自由気ままに過ごす赤子のようだ。朝一の珈琲に口をつけ、息を絡ませていく。客が来ないのであれば、今日は行かなくてもいいのではないかと叫びたくなる。もちろん実際に叫ぶことはないのだが、羨ましさか、それとも醜い何かがぐつぐつと中で暴れている。


 家のすぐ近くの花屋でこの人は働いている。

 働き始めておよそ二ヶ月。楽しそうだ、とても。どうやら合っていたようで、僕も当然明るい感情になる。ただ、僕の描く未来でこの人は笑っていない。楽しさの延長に幸せがあるとはかぎらないのだ。むしろ楽しさのせいで人生が壊れたりもする。僕は、傷つけることを選んだ。


「似合っていないです」

 愛する人は、やはり、笑っていた。崖に手をかけ、力尽きる寸前のような表情だ。何かを覚悟したような笑顔は途轍もなく美しい。僕は、この人が好きである。どれくらい好きかと訊かれれば、生きるのと、同じくらいだ。


 ◇


 傷ついた時こそ、一番明るく笑うのよ。

 いつか、跡形もなく消えてしまう。どこかで歯止めがきかなくなって、辞められなくなって、辞められなくなっているのがわかっているのに止まれない。終いには、辞めなくてもいいと思ってしまう。


「いってきます」

 僕の忠告も無視して行ってしまった。部屋から音が消えた。内部から突き上げられるような恐怖だ。死ぬこと以外かすり傷だとか、死ぬよりはましだとか、洒落臭い。当然それらが鼓舞や勇気などを意味しているであろうことはわかる。ただ生きている間に「死」を体験できないのだから、この世には「死」に匹敵する恐怖、むしろ上回る絶望で溢れている。どうしてそんな当たり前に気づけないのだ。朝に綴る遺書は、蕩けるような快感である。


 見える位置に置いてある日記帳。
 あの人が毎日書いているものだ。

 こう言ってはなんだが、大したことは記されていない。およそ価値のないものだ。学びも何もない。知らない言葉も出てこない。それでも僕は、助けたい一心で読みたくなってしまう。助けを求めているのは自分自身であることにも気づかずに。

 音無しの恐怖に負けた僕は、日記帳をめくった。ちょうど昨日の分に目をやる。そこには、あの人らしい言葉——


小説のようなエッセイを書きたい。


 その動機を、僕は知っている。

 夜更かしを続けてあの人は書いていた。泣いていたけれど、怖くて声をかけられなかった。体調を崩して寝込む僕に、たまに目配せしてくれる。売れない作家顔という感じで、たまらない幸福を感じている。挙げたらきりがないほどある僕が、一滴一滴侵食してほしい。


 誰かが言った。

「『本当』の中に嘘を書くのがエッセイで、『嘘』の中に本当を書くのが小説」だと。僕はこの言葉が好きだ。そして僕は、千歳一栞(ちとせいちか)を救う——


 小説。花屋で働く恋人を辞めさせたい。



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