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「風が吹いた」と彼女は言った #かくつなぐめぐる

「書くこと」を通じて出会った仲間たちがエッセイでバトンをつなぐマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。9月のキーワードは「台風」と「宇宙人」です。最初と最後の段落にそれぞれの言葉を入れ、11人の"走者"たちが順次記事を公開します。

誰かを好きになる瞬間というのは、人によって違う感覚なのだろうか。いつか観た漫画原作の映画では、主人公の女の子が人を好きになった瞬間を「風が吹いた」と表現していた。恋に落ちるでも溺れるでもなく「風が吹く」。わたしも誰かを好きになるときは台風の嵐みたく一瞬で、でもきっかけは些細でくだらないことばかりだった。

なかでも一番意味がわからないのは、何年か前に「俺、この仕事向いてないんだよね」と無邪気さと情けなさの滲む笑顔で言われたとき。どんな文脈だったかも、その言葉にどう返したのかも思い出せないが、なぜだかわたしは「この人のこと好きだなあ」と思った。

向いてないと言いながらも、その仕事に愛があって手放せなくて、まだまだやれると諦めてない人だった。そして、彼とは好きな本や映画がよく似ていた。食事をしながら共通する好きなものについて話すのは楽しかったし、自分の知らないものを教えてもらったときには、忘れないように熱心にメモした。

その人が『伝染るんです。』というギャグ漫画を好んで読んでいたことがわかったときも、直感的かつ反射的に好きだと思った。誰かと話せなかった趣味の話をしているだけで、なんだか特別なものを共有できた気持ちになった。いま思えば、年代的にその漫画を知っている人が周りにいなかっただけなのだけど。

ピンポイントで趣味の共通点がある人を好きになることは、たびたびあった。きっかけはその『伝染るんです。』の話題だったり、「濱田岳が出てる映画いいよね」の一言だったり。わたしの「好き」は、あまりにお手軽すぎるのだ。

同時にその「好き」は、掴みどころがなくて絶対にわたしのことを好きにならない人だとか、付き合うなんて絶対ありえないと思う人に向けられることが多かった。

好きだけど、付き合いたいとは思わない。
好きだけど、好きじゃない。

仲良くなれたらご飯にいくくらいで、告白もしないしされないし、何の進展もない。お出かけをデートと呼べるような関係にはならず、その結末は疎遠になるか、好きじゃなくなるか。後になって「なんでこの人を?」と思うこともあった。風が吹くみたいに一瞬で好きになるのに、気づけば無風になっている。


いつだったか「女性は父親に似ている人を好きになる」と聞いたことがある。父親と折り合いが悪かったわたしは「え、なにそれ気持ち悪!」とイヤな気持ちになった。

でも、自分の“好き”について考えれば考えるほど、「あながち間違ってないかも…?」と感じる部分が出てきた。

それは「父に似た人を好きになる」というより「父と自分に似た関係性を選びがちになる」ということだった。

願うような愛情表現をしてくれないとか、感情をぐわんぐわん動かされるとか、自分が慣れ親しんだ関係性を求めてしまうから「なんでこの人を?」な相手を好きになるんじゃないか。そう思えてきたのだ。

昔、病院でお医者さんが父に「娘さんの結婚観や恋愛観にも影響を与えますからね」と言っていた。身近な人の愛し方とか愛され方は、“心のくせ”として自分の愛し方・愛され方に根づくのかもしれない。

かといって、自分の恋愛観のすべてが親の影響で形成されているとは到底思えない。些細なことで人を好きになるのはきっと父親とか関係なくて、単に自分が惚れっぽいだけにも思える。

自分の恋愛観はいまだによく理解できないし、しかも風みたいに軽くて一瞬なものだから、恋愛と表現するのも気恥ずかしい。でも、こういう好きのかたちもあるのだと勝手に思っている。


件の「仕事向いてないんだよね」の人とも、今やすっかり疎遠になってしまった。彼は全然父と似てなくてやさしかったけど、わたしを好きになる感じの人ではなかったから、離れていくのはごく自然なことに思えた。強がりじゃなく、寂しくもなかった。

ただ、彼が勧めてくれる本や映画はどれもおもしろくて好きが広がっていく感覚があったので、彼のおすすめを聞けなくなったのは残念なことだった。宇宙人とかUFOみたいなオカルトも好きな人だったから、おかげで小学生のとき以来にオカルト熱が再燃し、一時期は『ムー』も読んでいた。影響受けすきだろ、と自分でも思う。それでも、その人が教えてくれたいくつかのことは今も自分のなかに息づいていて、わたしを支えてくれている。


バトンズの学校1期生メンバーによるマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。今回の走者は、いちかわあかねでした。次回の走者は、はんだあゆみさん。更新日は9月7日(木)です。お楽しみに!



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いちかわ あかね
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