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母は意外とソフトクリーム作るの上手だった

「ねぇ、モーニング頼もうよ」という母の声で起こされた。
平日の朝6時。私たちは実家からほど近いネットカフェにいた。

なんで実家に帰らずにわざわざネカフェに泊まったのか、それは、端的に家に入れなかったからだ。

家に帰る前から、予感はあった。だから、父がいる病院に行った帰り道、二人でタイ料理を食べたあと、夜の20時すぎくらいに、祖母に電話をかけた。祖母は家にいたし、まだちゃんと起きていた。
母は名前を名乗り、これから帰るからチェーンはどうか閉めないで、と伝えようとした。
けど、その言葉は祖母の耳には届かなかった。

「どちら様ですか?耳が遠くて聞こえないのよ」

それでも一応、駅から歩いて実家まで帰った。
予感は当たって、チェーンは閉まっていた。
母も私も普段実家にいないから、私たちが夜に帰ってくるなんて思わなかったんだろう。

何回インターホンを押しても、耳の悪い祖母は気がつかないようだった。もう一度電話をかけてみたけれど、祖母の答えは変わらない。
チェーンで繋がれたドア越しに、インターホンや電話のコール音、さらには電話に応答する祖母の声を聞いた。
そのドアの隙間から「おばあちゃーん!」て大声で呼んだりもしてみた。間違いなく近所迷惑だったと思う。

それで、チェーンが開かなかったというそんなふざけた理由で、私たちはネカフェに行くことになった。

私は、歳をとって耳が遠くなったら、電話に出るとき補聴器をつけることを心に誓った。自分の母にも、もし祖母と同じ立場になったらそうしてほしいと念押しした。

家で食べようと思って買ってたピノは、近くのコンビニの明かりで半分こして食べた。ちょっと溶けかけていて美味しかった。
明日の朝食べようね、と言って買ったパンは、翌朝ネカフェで食べることにした。

受付したら、数人で泊まれる部屋みたいなところが空いていたので、そこにした。

母はネットカフェに泊まるのが初めてだったから、分かりやすくはしゃいでいた。
綺麗な内装や、受付の近くに並ぶアメニティグッズの豊富さに驚き、最新の雑誌があることに感動し、ドリンクバーを前にどれにするか悩んだりした。

何より母が喜んでいたのが、ソフトクリームだった。自分でつくるタイプのやつ。受付を済ませ部屋に入ってすぐ、「ソフトクリーム食べよう」と言うくらい、ソフトクリームが気になっていた。
意外にも母は上手にソフトクリームを作った。形があれに似てるねとか、すんごいくだらないことを言って笑った。

一緒にソフトクリームを食べ、テレビを見て、父親のこと家族のこと、ねこのことを話した。ひと段落したら、私はその部屋に漫画を持ち込んで、話半分に漫画を読んだ。

「どういう人がネカフェに泊まるのかなぁ」
と母が言うので、私は
「終電逃した人とかじゃない?」と答えた。

でも、たぶんそんな人だけではないはずで、受付にいた楽器を背負った男の子達のことや、漫画の棚ですれ違った女の子や、同じ場所にいる顔も知らない人たちのことを考えた。

朝になると、母は「モーニング食べたい」と何度も言った。私が夜更かしのせいで起きられず、何回か無視してたから。
昨晩、妹が以前ひとりで食べたというモーニングサービスがあるね、と話してから楽しみにしていたらしい。

眠たい目でパソコンのマウスを操作して、無料のモーニングサービスを注文した。
運ばれてきたモーニングプレートに載っていたポテトをつまみながら、ポテトってこれだけで十分しょっぱいから、ケチャップいらなくない?という話をした。

テレビを見ながらだらだら化粧をして、たぶん人のこと言えないけど隣の部屋の男性集団の声が大きかったことを控えめに愚痴ってから、その部屋をあとにした。

そんなことを思い返しながら、電車で会社に向かっている。こんなことある?って思うし本当笑っちゃうんだけど、こんな夜もあったんだよ。
母は不満を言いつつも楽しそうで、私も楽しかった気がするから、これはこれでよかったのかもしれない。

#日記 #エッセイ

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