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「海神」と崇められた男は小狡い俗物だった

著:染井為人 光文社文庫 #小説 #ネタバレ


舞台は東日本大震災

 底の知れない絶望の縁に立たされたとき、人々は救世主を待ち望む。この世に神が存在しないように、救世主などいないのだ。仮に本当に現れたのなら、それは幻影に過ぎない。
 絶望の中にいても、人々は希望を探し求める。灯りを見出そうとする。奇跡を信じようとする。それゆえに、詐欺師は常に、救い主として降臨するのだ。
 ある種のショック状態に置かれた場合、希望につながる処方箋を授けられば、荒唐無稽な手法であっても受け入れてしまう。「ショックドクトリン」で示されたように、茫然自失になれば、人々は抵抗力を失ってしまう。国家的な規模でなく、地域レベルでも同様だ。
 男はNPO代表として登場し、島の復興を全面的に任される。なぜ、余所者に全てを委ねてしまったのか。リアリティーに乏しいと感じるのだが、物語は実際に起きた事件をベースにしている。現実感があろうがなかろうが、騙されてしまったのは事実なのだ。これが、実際の事件をモデルにした小説の強みだ。


小市民ぶりを晒す巨漢

 知られた詐欺事件である。ネタバレも何もないだろう。
 救い主は異形である。巨漢であり、長髪である。見た目で威圧できる。風体も言動も、ある種の胡散臭さを感じるのだが、真っ暗闇とでも言うべき心理状態に置かれた島民にはカリスマと映ったのかもしれない。併せて、弁が立ち、凄みがある。硬軟交えた交渉力に圧倒され、畏怖を覚えたのかもしれない。
 ふてぶてしい悪漢の物語かと思うと、さにあらず。馬脚を現すどころ、勝手に破綻していくのだ。計画性がない。先が読めない。側近も使えない。ブチ切れて暴力に訴えるしかなくなる。多くの詐欺師のように知的ではないのだ。凶悪な行動に出ても、どこか優雅なたたずまいを忘れないのが、詐欺師の矜持であろう。「地面師たち」のボスが決して饒舌さを忘れなかったように。ジェームズボンドが、いかなる危機に陥っても、イギリス紳士たる身だしなみを気にするのと同じだ。


最後はメロドラマかマザコン物語か

 前半の仕立ては、いい感じだ。暗闇の中に長く身を置けば、線香のわずかの灯りでさえ、まばゆく感じる。周囲よりほんの少し明るく照らされているだけで、光明だと誤解してしまうものだ。
 ところが、後半にかけて、基調が変わる。ヒロインの「姫」が大活躍!するのだ。鬼退治を果たすわ、何だか助けられるわ、騎士は去っていくわ。天使はこうじゃなくちゃいけない。
 あーあ、安っぽくなってがっかり、と感じるのは、ひね者の戯言か。

 



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