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お題企画に乗っかってみる #この街が好き 1

 自分の人生において、大切な街が3つある。

 生まれ育った自分の原点「札幌」

 初めてのひとり暮らしをした「函館」

 思いつきで移住したら定住することになった「利尻」

 札幌・函館については「街」といえるが、「利尻」に関しては街というより「島」という感じだろうか。

 旅行でいろいろな「街」に行き、各地の魅力も感じたが、やはり暮らした街というのは格別な思いがあるものだ。

 今回は、生まれ育ち20何年の自分を培った街「札幌」について書いてみたい。

玉ねぎ畑のある街で

  生まれてから、新入社員となって数カ月まで札幌という街に暮らしていた。自分の故郷と言っていい。

 少しばかり身の上話をしよう。

 札幌の中でも、玉ねぎ畑が多い地域に住んでいた。秋になると土と玉ねぎのにおいがする、一般的な「札幌」のイメージと違って少し田舎な場所が地元だ。

 父・母・兄と4人家族。面白いことに血液型がみんな違う。仲は良い方だと思うが、それぞれがそれぞれの世界を持っているなと昔から感じている。

 高校以前のことは、あまりよく覚えていない。小学校高学年のとき、休み時間に生物観察室で親友と喋っていたこと。中学校3年生のとき、吹奏楽部を引退するまで受験勉強をほとんどしていなかったこと。よく覚えているのは、それくらいのものだ。断片的に思い出すこともある。例えば、秋頃の登下校時、玉ねぎ畑からにおってくるものに「くさい」と言いながら通り過ぎていたことなどだ。

 高校では今でも親交のある友人たちと出会った。受験勉強を必死にやってよかったと思っている。青春らしい青春ではなかった。ただ、休み時間に雑談したり物の貸し借り(主にマンガや小説)をしたり、リレー小説を書いたり……何でもない日常だったが、楽しかった記憶が多い。自分らしい青春だった。秋になると、教室の窓から玉ねぎの収穫を見ることができた。やっぱりこの時も、何とも言えないにおいがしていた。

 大学では、人文学部で日本文化を学びつつ、文化人類学を専攻していた。文芸サークルに入ったり、博物館学芸員・図書館司書の資格を取るための講義を受けたりと忙しくも充実した日々を送った。地元にいることが減ったのとほぼ同時に、玉ねぎ畑の数も減っていった。

 現在暮らしている利尻から時々里帰りをする。地元を歩いたり車で走ったりしていても、玉ねぎ畑の姿を見ることはなくなった。家が建ったり、コンビニができたりしている。高校は建て替えられ、母校の姿は見る影もない。そばにあった玉ねぎ畑は埋め立てられ、病院が建っている。

 移り行く街並みの中でも、やはり地元に帰ってくると落ち着く。何でもない思い出をふと感じる。地元について好き嫌いを考えたことなどなかったが、原点である街にはやはり親しみがあるものだ。

 一昨年だったか、実家から玉ねぎが送られてきた。ブランド玉ねぎの「札幌黄」だ。熱を通さないと辛くて食べられない。切ると涙が止まらない。ただ、調理すると甘くて大変美味な玉ねぎだ。

「今は無くなってしまった玉ねぎ畑。あそこで育っていた玉ねぎたちの子孫あるいは遠い親戚かもしれない」

 リレー小説や文芸サークルで培われた妄想力を働かせながら、玉ねぎの味噌汁を作った一昨年の秋。

何もない街

 身の上話が長くなってしまった。

 さて、札幌という街にどんなイメージを持っているだろうか。

 今となっては、何でもある街と思うようになった札幌。ただ、その中で生まれ育ち、「何でもある」という状態が当たり前だった頃は、特別なものが「何もない」と感じていた。

 おそらく、自分の世界がとても狭かったのだと思う。大学、新社会人の最初の数カ月まで実家暮らしだった自分にとって、生活している範囲や行動している範囲が世界のすべてだった。

 見慣れた風景、繰り返される日常は、穏やかではあったかもしれないが、変化に乏しかった(変化していたが、当時は変化していると気付かなかった)。だから「何もない」と感じるようになっていたのだろう。

 当たり前に、イオンショッピングモールがあって、ウィンドショッピングを楽しんでいた。スターバックスで期間限定のフラペチーノを飲んでいた。セブンイレブンやローソンの新商品スイーツを買って喜んでいた。大型書店にも行こうと思えばすぐに行けた。100円ショップでいろんな雑貨を物色していた。

 当たり前にしていたことが、当たり前にできることではないということを今は知っている。札幌という街はとても「都会」で、何でもある魅力的な街だった。それを知ったのは、利尻という地で離島暮らしをしたからだ。

 利尻には札幌に当たり前にあるものがほとんどない。ただ、札幌にはないものが利尻にはある。

 札幌から出て、函館・利尻に移住した経験が、自分自身の世界を広げてくれたのは言うまでもない。故郷である札幌の見方、感じ方が変わったのも移住によるものだ。

 一度は生まれた土地から離れ、違う土地に暮らしてみる。そうして外から見た故郷は、きっと魅力的に映るはずだ。もしかしたら悪いところも見つかるかもしれないが。

 そういえば、函館で暮らしていたとき、函館で生まれ育った人に「函館は歴史的な名所があったり、異国情緒あふれる街並みがあったりと素敵な街ですよね」と言ったことがある。すると、面白いことに「何もない街だよ」と微苦笑された。

 利尻でも同じようなことがあった。島に暮らし始めた当初、いろんな方に「どうしてわざわざこの島に?」と聞かれた。行間を読むと「この何もない島に、どうしてわざわざ都会から来たの?」という感じだった。「海や山といった大自然に囲まれて、景色は最高だし、美味しいものがたくさんあっていいところじゃないですか」というと、「何もないよ」とやっぱり微苦笑で返ってきた。

 たまたまなのかもしれない。きっと「函館は歴史的な街で最高だよ」「利尻は自然が豊かで素敵だよ」と言う地元の人もいると思う。だが、誰かにとって魅力を感じない街でも誰かにとっては魅力的な街なのだということは、移住を通して実感できた。

私的・札幌のここがおすすめ

 札幌で生まれ育ったとはいうものの、札幌は広い。一部の区でしか生活・行動していなかった自分にとって、まだまだ未知な部分が多い街だ。

 そのため、あくまで個人的なおすすめポイントを少しばかり紹介したいと思う。

①リトル東京と言われることもあるほど、新しいものが入ってくることが多い
 東京といった大都市に出店する前に札幌で試験的に出店し、そこでの成果によって東京進出するかを決める、といった話を聞いたことがある。そのため、新しいお店がよく札幌に出店される……らしい。かなりに前に聞いたことなので、現在がどうかは不明だ。ただ流行りの店はかなりあるような気がする。東京に行く前の都会慣れの場としても人気という噂も。

②東区のキャラクター「たっぴーちゃん」がめちゃくちゃ可愛い
 玉ねぎの妖精……だった気がする。ゆるキャラの選挙に出たら、きっといいところまで行くと思う。グッズなどないのだろうか。推してるキャラクターのひとつ。

③交通機関の種類が豊富
 バス、地下鉄、JR、タクシー、市電、飛行機(丘珠空港)……いずれは新幹線まで開通する予定だ。よくよく考えると何でも乗れる街じゃないかと気付く。離島育ちとなる我が子にも、いずれ社会学習としていろいろ使わせたいと思っている。ちなみに島にもバスとタクシーは走っている。

④サッポロビール園周辺が楽しめすぎる
 星のマークで有名なサッポロビール。サッポロビール園は、ジンギスカンが楽しめるレストランがあり、サッポロビールの歴史を学べる博物館もある。歴代のビール容器や広告などがずらりと展示されていて圧巻。もちろん試飲もできる。ソフトドリンクもあるので家族で楽しめる。さらには大型ショッピングモールのアリオ札幌がそばにある。周辺地域は再開発されており、これからさらに栄えていくことになるだろう。

⑤ 八紘学園の花菖蒲園が素敵かつソフトクリームが美味しい
 まだ独身の時だった思うが、利尻から里帰りした時に親に連れて行ってもらった場所だ。今まで存在する知らなかったが、様々な菖蒲の花を見ることができて感動した。しかも美味しいソフトクリームまで売っている。家族連れの多さも頷けた。

 札幌といえば街中の賑わいがイメージしやすいかもしれないが、サッポロビール園(東区)や八紘学園(豊平区)などの区にも魅力的なスポットがかなりある。他にもいろいろおすすめはあるが、気が向いたときに追記することにする。

 離島暮らしをしていると、札幌に暮らしていた頃のことを時々は懐かしく、羨ましく思われることもある。それほどの距離感で故郷を見つめられる方が、札幌という街を好きだと感じられるのかもしれない。

 次回はアナザースカイ的な街、函館について書きたいと思う。

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