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2020年9月

お魚が食ベたい。

私の心の中に住む猫が訴えるようにじっと見てくる。そういえば、しばらく魚のご飯を食べていなかった。

どうやらこの猫は好き嫌いがほぼ無いようだけど、好きな献立の時やおいしかった時は目がパチッと大きくなるし、うまい声がうっかり漏れてしまっていることもあるので分かりやすい。あまり口に合わなかった時やひと味足りない時は、なぜこのご飯にしたのか?という表情をしている。まったく、どこでそんなに舌を肥やしてきたんだ?でも、いまいち口に合わなかった時も残さないで食べるので、そういうところは良いヤツだなと思っている。

生のお魚と火が通ったお魚とでは、どちらかと言われれば火を通した方が食いつきがいいように見える。「なんでも焼いたらうまい」と人間が繰り返し言っているうちにこの猫も覚えてしまったのかもしれない。

さて、猫のお魚欲をどうするかという話。猫には申し訳ないのだけど、私は魚を捌けない。数年前に買ってきた魚をパックから出した時に匂いで吐きそうになってしまって以来、買わなくなってしまった。たまたま体調が良くなかったのか、疲れていたのか。とにかくタイミングが悪かった。もともと魚の献立は好きなので外食の時はなるべく魚を選ぶようにしていたけれど、このコロナ禍でもともと少なかった外食の時間もほぼゼロになってしまっている。

お魚、買ってみるか。今ならできるかもと思って店の鮮魚コーナーに向かう。並べられたサンマやイカと目があう。目をそらす。今日は素麺があったと思いだしたことにして帰ろうとした時、お店の人が捌いてくれたお刺身が売られているのに気が付く。これだ。

家に帰り、1匹丸ごとのお魚はやっぱりダメでした…と猫に懺悔してから恐る恐る買ってきたイナダのお刺身を見せると、しっぽをピっと反応させて見つめていた。せめてもの気持ちで猫のお気に入りのお皿に盛り付けると、いつもよりたくさん食べた。うまい声が漏れている。君ってばやっぱりいいヤツだ。

猫は優しいので、人間はつい甘えてしまう。私は猫に優しくできているだろうか。大切にしたい相手を大切にし続けることも、相手にとって自分が大切で在り続けることも、すごく難しい。この難しさを忘れたり合理化しようとした瞬間に、猫も犬もいなくなってしまうような気がする。猫とも犬ともながく一緒にいたい。自分へのハードルは少しずつ上げながら、まだしばらくお魚トレーニングは続く。

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