まさかの受験合格、親の反応と、私の行動
受験合格して、夜に帰ってきた親に報告したら、反応はイマイチでした。
父親が改まって「お前は親を超えた、自分でブランドを身にまとった、良くやった。」みたいな事を言っていた。
やっぱり国立大の肩書は親も嬉しいのだ。
相変わらず堅いが、認められたような気がして嬉しかった。
後、私が国立大学受かったのは、あの宗教のお陰みたいな事を言われたのが不快でした。
もう洗脳されているので、この先も良いことはあの宗教のお陰、悪いことは、試されているとか、業を果たしていると言われ続けるんだろうな、と思ったら、やっぱりやるせなくて。
荷物をまとめていたら、突然父親が「お前は大学なんて行かなくていい!出て行くな!」と酔っ払って暴れ出して
階段から突き落とされるような衝撃を受けたり、
「女のくせに」的な嫉妬発言が時々飛び出して、本音が見え隠れしていました。
はらわたが煮えくりかえるほど、イラっとしましたが、大丈夫、大丈夫。
冷静な自分がいました。
親として、子供が優秀なのは自慢だし、嬉しいが、根本は、子供のくせに!憎たらしい、しかも女かよ!
と言ったところでしょう。
私は、学校に行けるように祈ってました。
大人しく、大人しく日々を過ごしました。
そして、親に演じていました。
私は本当は県外なんて行きたく無いの。
でも、どこも受からなかったの!どうしよう、ごめんなさい。
本当は行きたく無いんだけど〜
本当はここから離れたく無いんだけど〜
と言いながら、伝え続けながら、親の機嫌を取っては
陰でニヤリと笑っていました。
思えばいつもコソコソしていました。
親の作る弁当は、丸ごと、公園に捨てて、菓子パンばかり食べていました。
いつもありがとう!美味しかった!と、空っぽの弁当を渡して。
演じないといけない親子なんて本当疲れます。
これからは自由が来る。胸が張り裂けそう。
父親には大学生活が終わったら、必ず、地元に帰るように、大学生活だからって浮かれて、夜出かけたら犯されるだの、事故に遭うだの、自己都合の中絶は麻酔なしや!とか、
お腹大きくなって帰ってくんなや!散々無茶苦茶すぎる脅し?嫌味を言われて
ハイハイハイハイと、聞き流していましたが。いちいち最後まで憂鬱にさせられる親です。
私には10歳年下の当時小学校2年の弟がいて、当時ば自分のことに精一杯でしたが、弟がどこか「変」だというのが気がかりで、置いていっていいのか、不安が残りました。
この不安は後々的中してい行きます。
県外の大学への引っ越しは意外にも父親の車で、行われました。
寮に入りました。
寮に入って、無いものは買い揃えると言ったところでしたが、そんなに買わないといけないものは無かったです。
女子寮ということもあってか、父親はアッサリと帰って行きました。
寮は酷くボロボロで、来ている子も、酷い環境の子たちばかり。
共同の寝床、共同の冷蔵庫、共同の電話。
私の部屋は4人部屋でした。
入学式は1人で参加。いろんなサークルから声をかけられて、適当に交わしながら、幸せの、絶頂でした。
知り合いも1人もいないのに、こんなに幸せとは、本当にどうかしている。
あれだけ執着していたアキラのことも100%どうでも良くなりました。