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もしかしたら“朝食”かもしれない


[いつかティファニーで朝食を/マキヒロチ作]


この本が、わたしの人生再起動スイッチを押してくれた。





当時のわたしは新しい仕事がうまくいかず、沈鬱の夜に溺れていた。

仕事以外の時間も身体中に仕事の重りがへばりつき、徐々に食事も睡眠もできなくなっていた。


(現状打破の為もっと仕事を頑張らなくては)と(もうこれ以上頑張れない)が交互にわたしを飲み込んでいた。


仕事の帰り道、まっすぐ帰宅する気になれず彷徨いていたら、明かりに誘われる虫のように本屋へ吸い込まれた。


少し幼い表情の可愛らしい女性が、オードリー・ヘプバーンのような豪華な装いで、昔ながらの定食屋にて質素だけど美味しそうな和定食を頬張っている絵に出会った。

そのアンバランスな美しさに、わたしは目が離せなかった。試しにその場で3巻まで購入して帰宅した。


わたしと同世代の女性達が、各々異なる立場で、異なる環境で、仕事/恋愛/結婚/家庭/育児…様々な問題に直面する。

その都度悩みながら、泣きながら、笑いながら、とびきり美味しい朝食を食べることでエネルギーをチャージして、少しずつ乗り越えて前に進み続けるストーリー。


読み進めるうちに(もしかしたら“朝食”かもしれない)と思い始めた。


わたしに必要なのは、もっと頑張ることではなく

エナジードリンクだけで慌ただしく過ごす生活の見直しかもしれない。


翌朝、いつもより30分早く起きて小走りで駅に向かった。会社近くのカフェで初めてのモーニングセットを注文する。 

 
★ハムチーズトースト(ヨーグルト、ミニサラダ、ホットコーヒー付)


端にある小さなテーブルの前に座ると、店内の様子がよく見える。

杖を片手に店員と楽しげにお喋りするおじいちゃん、スーツ姿で新聞を睨むおじさん、旅行カバンからガイドブックを取り出し喧嘩する外国人カップル、ベビーカーを揺らしながら資料を読み込む女性、英会話レッスン中の若いグループ

皆こんな早朝からモーニングを食べながら自分の時間を楽しんでいる。


今まで見えていなかった新しい世界に呆然としていると

目の前に大きなプレートが運ばれてきた。

焼きたてのハムチーズトースト、人参ドレッシングとパプリカで彩りよく仕上がったミニサラダ、果肉がゴロゴロ混ざったブルーベリージャムが添えられたヨーグルト、カフェの名前入りマグカップに並々と注がれたホットコーヒー


なんと豪華な朝食


わたしなんかが朝からこんなに贅沢なものを食べて許されるのだろうか


何に対してか分からない罪悪感に苛まれながらも空腹に負け、前のめりでハムチーズトーストをかじる。温かな美味しさに感動しながらコーヒーをひとくち。余韻に浸りつつミニサラダをわしゃわしゃ食べると、人参ドレッシングの深い味わいに驚かされる。果肉をいたずらに転がしながらヨーグルトを食べ、マグカップの底の文字が透けて見える頃には、わたしはひたすら満ち足りた気持ちに包まれていた。


身体のすみずみにまで栄養が行き渡って血が巡り出す。

体温と、心の温度まで少し上昇したところで、

(わたしはもっとわたしを大切にしよう。)

という声が頭の中で響いた。


その日から毎朝同じカフェで同じモーニングセットを食べるのがわたしの習慣になった。

読書をしたり、その日のスケジュールを考えたり、ネットで情報収集したり、オンラインのイベントに参加したり、この時間を有効活用する方法も模索し始めた。




少しずつ

少しずつ

仕事が軌道に乗り始めた。

経験値と朝に勉強した分の知識が増えたから

だけでなく、多少の失敗にわたしまで引きずられなくなったのが大きい。

自己嫌悪ではなく、切り替えて原因究明と再発防止に舵をきることができるようになった。


朝食をきっかけに

わたしは心身にへばりついていた重りを脱ぎ捨て、沈鬱の夜から爽快な朝へ這い上がることができた。


人生再起動スイッチを押してくれたこの本は、わたしの一生の宝物だ。


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