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ピアノ

サンタさんに何をお願いする?

5才になる前、母親が聞いた。
我が家では24日の夜にサンタさんが来るのだけれど、
私がその問いに初めて答えたものは

ピアノ

だったらしい(そりゃ覚えていないが)
なぜピアノだったのか(だから覚えてないって)
絵本のピアノは持っていた、母が買ってくれていた。
ドからド、1オクターブしかないような本で
ページをめくるといくつか童謡が載っていた。

「物足りなかったんじゃないの?」

30年近く前の話を、当時を思い出すように話す母。

おもちゃのピアノじゃん

我が家に電子ピアノがやってきた。
私は何故そんなことを言ったんだろう、、、
でも母は覚えていた

「コンセント引っ張りながら言われたわ~」

コンセント繋いだから、おもちゃだと思ったらしい私、
いやいや、当時30万したものだぞ。

30万の電子ピアノがおもちゃかよ、、、とんだ金持ちの娘だな

とは思わないでほしい。
コンセントを繋いだり、電池を入れたら動くものは
総じておもちゃだと思っていた当時5才の私、というだけ。

ピアノやめたい

幼児の間はエレクトーンでグループレッスンを受けていた。
ひとつ年下のかわいい女の子と仲良くなり、母同士も仲良くなっていた。
母がいくつか年上だったようだ。

小学生になるとアップライトピアノの個人レッスンに変わった。
あの、壁にぴたっとくっつく黒いやつ。

お姉さんになった気分だった、ひとつ成長したような
もしかしたらわたし上手だから個人レッスンになったのかも、とさえ。

違う違う、普通にグループレッスンの年齢ではなくなっただけ(笑)

でもそれが「やめたい」と思うきっかけになった。
先生が普通に怖かった、だって間違えたら手をピシっとたたかれるし
なんならフタをばたんと閉められそうになったこともあった。

黒いピアノのフタを、だ。
今考えただけでもぞっとするけど、あの真っ黒な、おの重たいフタが
手に落ちてくることを考えたら、めちゃくちゃ怖い。

もう小学3年生になっていた。


教室変えようか

提案してくれたのは、母。
ピアノは好きだった、みんなが知っている歌を弾けるようになるのは
とても自慢だった。

当時小学校には、教室ごとにオルガンが置いてあった。
昼休みにそれをみんなで囲み、そして歌う。
もっぱら「ねこふんじゃった」だったけど。

グループレッスンの時に仲良くなったかわいい女の子、
私は知らなかったのだけど、そのお母さんがピアノの先生だった。
家で練習をみることもあるけど、小さいうちのグループレッスンは
必要だから、だったそう。
個人宅でピアノ教室を始めたばかりの先生だった。

母は私が嫌々教室に通っていることを相談していて
もしよかったら一度来てみる?と提案してもらったそうだ。

ここで某有名なピアノ教室を辞めるに至ったけれど
ピアノを辞めたいわけではなかった私は「かわいい女の子のお母さん」の
ピアノ教室に通うことが決まり、それから10年、
短大を卒業するまで辞めなかった。

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