『幼年 その他』福永武彦

ついこの間に出たよう思うのだけれど、もう十年近く前になるのか。そしてもう品切れで新刊入手は出来ないようだ。

紙の本は出会った時に買っておかなければどんどん入手が難しくなっていくなあ。

この本は福永武彦の短編を集めたもの、親本は1969年に刊行されている。『忘却の河』や『海市』と同じ頃に書かれた作品たちで、福永の充実ぶりを反映した作品集。

とりわけ表題作「幼年」は、筋らしいものがあるわけではなく、語り手が自身の幼年期の記憶の断片を拾い上げていくのだけれど、そこで語られるイメージの鮮烈さ、夢と現実の境界を溶かすように語り手の視点が自在に揺れ動く前衛的な手法、傑作としか言いようがない。

他の作品もどれも水準が高くて福永は本当に巧い作家なのだなあと改めて感じ入った。

そして、太平洋戦争という重い主題を抱えた戦後派作家でもあったのだなあ、と。

戦後派というと野間宏や埴谷雄高が浮かぶけれど、福永や中村眞一郎、加藤周一のマチネ・ポエティク派も、やはり戦後文学としか言いようのない印を焼き付けている。とりわけ福永は『死の島』でそのことを明確にするのだけれど、この本に収められた作品たちは、『死の島』へと結実していく福永の戦後は作家としての歩みの過程を辿れるようで興味深い。


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