『完全犯罪の恋』田中慎弥

芥川賞受賞会見で石原慎太郎に絡んだことしか知らない田中慎弥さん、タイトルに惹かれて手に取ってみました。

あらすじから想像したのは、時系列が複雑に錯綜した前衛的な構成なのかな?ってことでしたが、案に相違して全くそんなことはなく、軽妙な文体も相俟って読みやすい作品でした。

読みやすいイコール分かりやすい、ではないので、分かりやすい作品かというと…大枠はそんなに難解なところもなく、終幕近くいろいろサプライズな展開はあれども、筋を把握するのは難しくない。

ただ、タイトルの完全犯罪が何を指しているのか?という点がもう一つ判然としない。

作中で語り手の「田中」が、ある“犯罪(めいた行為)”に手を染めるのだけれど、これが完全犯罪なのかというと全くそんなことはなくて、関係者にはすぐに田中の仕業と見破られている。

完全犯罪というからには、誰が犯罪を犯したのかが分からない、という意味合いなのかなと思ったけれど、よくよく考えてみると、そうではなくて、完全な犯罪、犯人がある人を見事に騙して、騙されたことにその被害者が気づかない、そんな犯罪のことなのかな、と思った。

終幕、「被害者」(もちろん本当の犯罪ではないので比喩的表現)が、自分が騙されていたことに気づいたところで、読者は切なさと苦しさと、甘酸っぱさで胸がいっぱいになる。不器用にしか生きられなかった若い男と女の、決定体なすれ違い。

上質の青春小説であり、ホロ苦い恋愛小説。中年以降の男性は身につまされずに読むこと能わないでしょう。青春時代の古傷を疼かせたい貴方に是非おすすめです。

関係ないけど甲斐バンドに『完全犯罪(フェアリー)』って曲がありましたね。


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