『明暗』夏目漱石

新婚の男には、忘れられない女がいた――。
大正5年、漱石の死を以て連載終了。
人間のエゴイズムの真髄に迫った、未完にして近代文学の最高峰。

勤め先の社長夫人の仲立ちで現在の妻お延と結婚し、平凡な毎日を送る津田には、お延と知り合う前に将来を誓い合った清子という女性がいた。ある日突然津田を捨て、自分の友人に嫁いでいった清子が、一人温泉場に滞在していることを知った津田は、秘かに彼女の元へと向かった……。
濃密な人間ドラマの中にエゴイズムのゆくすえを描いて、日本近代小説の最高峰となった漱石未完の絶筆。用語、時代背景などについての詳細な注解、解説を付す。

初読時には退屈だなあくらいにしか思わなかった作品だけれど、今回読み直して、何と言うかこう、ヒリヒリするような緊張感漲る場面が多くて、弛れることなく読まされた。

特に一つのクライマックスは、津田の病室での延子と秀子の火花の散るやりとり。こんなすごい心理的バトル、読んだことない。

『こころ』までの漱石と大きく隔たっているのは、作品が一本の屋台骨で支えられているのではなくて、複数の視点から光が当てられている、いわばポリフォニックな構造になっているところ。幾人かの人物たちの姿を群像劇として描いて、重層的な物語。

『こころ』までが、平屋の日本家屋だとすれば、『明暗』は、2階建ての洋館のような。そんな複雑さ、大きさを感じさせる。

なのに、いよいよ物語は佳境へというところで、プツリと途切れてしまう。

こんな複雑な群像劇を漱石はどう決着させるつもりだったのだろう。

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