『赤と黒』スタンダール

主人公のジュリアンは“野心家”だとされている。確かにそういう面もあるんだけれど、社会の下層から成り上がっていくぞというようなしたたかさはあまりなくて、結構ナイーブな青年の印象。

第一部はレナール夫人との不倫、第二部は自分が寄寓する貴族の娘マチルドとの身分違いの恋。どちらにおいても、目まぐるしく動く、ジュリアンと相手の心理的な葛藤や高揚が中心テーマで、しかもなんというか、こう、恋愛に対する考え方が皮相的とでもいうのか、生命を賭けた恋、といったヒリヒリしたものもあまりない。

とは言え、ジュリアン、やることはやる。レナール夫人も籠絡し、マチルドに至っては孕ませてしまう。この、肉体関係については、時代的制約なのか、あっさりと描かれるのみで、そのあたりの恋愛小説としてのコクの薄さもなんだかなあとは思う。

肉体的に結ばれるまでの、駆け引きや葛藤や悩み、結ばれた時の高揚、そういった恋愛の醍醐味に関しての描写があまりない。

まあ、そんなこんなで、恋愛小説として読むなら、少しばかり噛みごたえがないように感じてしまうけれど、詰まらないかというとそんなこともなくて、ジュリアンの短い一生はそれなりに強い印象を残す。

特に最後、レナール夫人を襲ってからのジュリアンの思想の変遷、マチルドの献身にも関わらずレナール夫人への思慕のみによって生きるジュリアン、このあたりの三角関係は、なかなか良かった。そして別々に人生を終えるジュリアンとレナール夫人、生き残るマチルド、3人の姿には悲哀と無常を禁じ得ない。

よく言われる、フランス同時代の精神的記録という面はその魅力が正直よく分からないけれど、僧や貴族など上流階級の人たちを戯画化しているあたりは風刺としても面白いように思う。


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