偏愛 -新-

 1985年の春、エイジは大学生としての新生活を始める。
と言っても、大学は地元なので通う方向と手段が変わっただけであった。

 中学で暗室を発見したことから始まった写真も、高校では写真部で3年間活動し、さて、大学ではどうするのか。
高校では写真を撮りもしていたが、時々夜空を見上げるといった生活であったので、はっきりと写真部に入ろうと言う気持ちではなかった。
ところが、新入生のサークル勧誘の場で写真部に入ろうか、天文研究会に入ろうかとそれぞれの前をウロウロしていたところを、写真部の2年生先輩2人に両脇を抱えられて拉致され、4年生部長の前に連れて行かれた。
まぁ、これも縁である。
こうしてエイジはまたも写真部に入り、その新生活が始まった。

 しかし、当面、エイジは部活よりもアルバイトを優先していた。
その理由はカメラを買うためである。
いつまでも父親譲りの古いカメラを使ってはいられない。そろそろ自分で買う新しいカメラが欲しかったのである。
 そして、夏休み前に無事新しいカメラを迎えることになる。
それは、「MINOLTA new X-700」。バリバリの現行機種であった。そして、またもやミノルタのカメラである。
しかたがない、しっかり刷り込まれているのだから。
カメラだけでなく、レンズも同時に購入した。
「new MD ROKKOR 35-70/3.5」、つまりズームレンズである。エイジにとって初めてのズームレンズであった。それまで使っていた55ミリや、28ミリの出番は減り、学生時代はほぼこのレンズが付けっぱなしであった。
あと、「モータードライブ」も購入した。
一気に散財となったのである。

 エイジの買ったX-700は、「new」と銘打たれた後期型と、何も付いていない前期型がある。
違いは、と言うと、前期型にはAEロックが無いが、後期型にはAEロックが付いた。あと、前期型にはブラックボディとシルバーボディがあったが(X-7のような機能差はない)、後期型ではブラックボディのみであった。
ファインダーは、もちろんアキュートマットであった。
オリジナルは中央にスプリットイメージの付いた一般的なものであったが、エイジは方眼のプリントされた全面マットのものに交換した。
この頃はエイジの住んでいる街にもギャラリー併設のミノルタのサービス窓口があったのである。
ピントスクリーンを交換しても何ら問題ない。
明るいアキュートマットはスプリットイメージなど無くても、ファインダーの全域でピントの山がはっきり見えたのである。

 こうしてエイジの新しい写真環境が整ったのであった。


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