関西学生陸上競技連盟
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関西学連のnote第3走は、実は甘いものと動物が大好きという可愛らしい一面を持つ岩崎立来さんです!(写真は岩崎さんが大好物と語るケーキです。)

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岩崎さんの専門種目は、無酸素運動の限界距離と言われており、短距離種目の中の最長距離、400mです。昨年9月の日本インカレでは準優勝、10月の関西インカレでは優勝など、関西だけにとどまらず全国規模の活躍をされています。

昨年の8月、奈良県で行われた近畿陸上競技選手権では、予選で46秒09の自己ベストを記録。単純に50mに換算すると5.8秒を切るペースで400mを走り切ってしまいます。
2021年、実力を急激に向上させた岩崎さん。

「コロナの自粛期間が自分を見つめ直す期間となった」

練習が思うようにできない状況で、なぜ競技力をアップすることができたのか。
45秒台で、日本一を目指す岩崎さんにお話を伺いました。


1.兄がやってたから出会った陸上競技

岩崎さんが陸上競技と出会ったのは中学生の頃。そのきっかけは、兄が陸上競技部に所属していたからだそうです。しかし、「入ろかな〜」の状態であっという間に3年が過ぎ去り、中学校3年間はずっと帰宅部でした。
そんな岩崎さんが、陸上競技に本格的に足を踏み入れたのは、高校1年生の8月頃でした。小学生の頃、地元のサッカークラブに1年間ほど所属していた岩崎さん、それもあって高校入学当初はサッカーをしていました。そんな岩崎さんが陸上競技へ転向したきっかけとなったのもやはり「兄が陸上競技をやっていたから」でした。兄がいなければ岩崎さんは陸上競技ではなくサッカーを続けていたとも言い、岩崎さんにとって、兄は陸上競技界へのキューピッドでした。

2.わずか2年で立った全国の舞台

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高校入学当初は、具体的にどのような練習をしたら良いかがわからず、顧問の先生が作成した練習メニューをただひたすらこなしていました。顧問の先生が投てきの先生だったことからも、高校での練習メニューはとても辛く、走り込む練習より、補強などのトレーニングメニューが多く、走って息を切らす練習よりも、トレーニングで息を切らすような練習が中心でした。しかし、岩崎さんは、その基礎となるメニューを地道にひとつひとつこなしてきたからこそ、実力を向上させることができました。
高校最後の夏、努力は実を結び、県インターハイでは49秒03で準優勝、近畿インターハイではさらにタイムを縮め、48秒50で5位入賞、全国インターハイへの切符を掴み取りました。陸上競技を始めてから全国の舞台へ立つ期間は、たったの2年。怒涛の勢いで全国トップレベルへと陸上競技の階段を駆け上がったのでした。

しかし、岩崎さんにとって全国の舞台はまだまだ厳しいものでした。全国の舞台では十分に実力を出し切ることができず、組最下位での予選敗退。同じ奈良県出身のライバルと予選を同じ組で走り、そのライバルは準決勝に進出しました。当時を振り返り、これがとても悔しかったと岩崎さんは語ります。

3.大学進学で大飛躍と思いきや…。

大学へ進学し、それでも陸上競技をやめなかった理由は、やはりインターハイでの雪辱を晴らすためでした。ライバルと同じ大学に進学したものの、そのライバルは燃え尽きてしまったのか、大学では陸上競技にあまり身が入っていませんでした。先日、「俺、引退するわ」と一言残し、今は部活に来ていないそうです。岩崎さんは、自分がインターハイで良い成績を残していたら、自分も燃え尽きてしまったのはではないかと思ったそうです。
また、陸上競技を始めるきっかけになった兄も、大学進学したものの、体調が優れずに競技を断念したそうです。高校生の頃に憧れていた存在が次々と陸上競技から離れていってしまう中、それでも岩崎さんはひたすら前を見て走り続けました。

その甲斐もあり、岩崎さんは着々と実力を向上させていきます。大学1年生のシーズンが明けて間もない、5月の記録会で、いきなり47秒65の自己ベストを更新します。この勢いそのまま47秒前半、あわよくば46秒台に突入と思いを抱く岩崎さんをある悲劇が襲いました。
その年の7月に脛腓靭帯を断裂してしまったのです。練習はおろか歩くことすらままなかったと言います。しかし、そこから急速な回復を遂げ、リハビリを乗り越え、9月頃には練習に復帰できたものの、5月のときのようなキレを戻すことに非常に苦戦したと言います。その年の10月のU20日本選手権では、怪我の影響からタイムが伸び悩み、48秒72と自己ベストとは掛け離れた記録で大学1年生のシーズンを終えました。

4.疑問をバネに。

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悔しい思いをした大学1年目のシーズンを経て、冬季練習に突入した岩崎さんは、「今の自分に足りないものは何か」を考えるようになりました。そこで生じた疑問は、大学での練習内容についてでした。大学の練習は、加速走やスタートダッシュのメニューが中心で、ドリルやマーク走などの技術練習がありませんでした。岩崎さんの中の違和感は、すでに体が出来上がりつつある大学生は、もっと技術的な面を追求すべきではないのかと言う考えと、大学の練習メニューとの乖離にありました。

この練習を繰り返していて、果たしてこれ以上強くなれるのか。大学での練習は高校生のときのような、出された練習メニューをただこなすことだけには違和感がある。
大学生になった今、自分自身の課題は自分自身が1番よく知っているはず———。


———そう疑問を感じ始めた2020年初めの冬季練習真っ只中に、突如として猛威を振るったのは、新型コロナウイルス感染症でした。

外出自粛要請により、普段の練習環境はなくなり、多くの選手が満足に練習を積むことができない中、大学での練習メニューに疑問を抱いていた岩崎さんにとっては、自分のやりたいことができるチャンスにもなりました。
感染症による制限で大学も最寄りの競技場も使えなくなり、岩崎さんは地元の先輩と近所の公園を使って練習していたそうです。信頼できる先輩と互いに指摘し合いながら、課題点とじっくり向き合うことで、とても濃密な大学最初の冬季練習を終えることができました。

疑問を払拭する練習の結果が、大学2年目のシーズンで徐々にタイムに現れます。
自粛期間明けの7月の奈良県選手権で47秒19の自己ベストを更新。8月の記録会で47秒08。そして9月の日本インカレで、46秒99とついに47秒台の壁を突破しました。

岩崎さんの陸上に対する熱意と、自身が思い描いた理想像を練習に反映させることで、本当に自分が必要なことに集中して練習に取り組めた結果の表れでした。

大学2年のシーズンを非常に良い形で締めくくり、大学2回目の冬季。岩崎さんにとって、自分のやってきたことの正しさと的確さは確固たる自信に変わっていました。

「何が足りていないのか。何をすれば強くなれるか———。」


冬季明け3月末の記録会から練習の成果は顕著に現れ、46秒78とシーズンインからいきなり46秒台を記録し自己ベストをさらに更新。その後もタイムを縮め、昨年5月の関西学生陸上競技チャンピオンシップでは後続を引きつけない圧巻の46秒64で優勝。そして6月頭に行われた日本グランプリシリーズ大阪大会の木南記念では、46秒26の好記録で実業団選手にも劣らぬ走りで準優勝。わずか1年で自己ベストを1秒以上更新したのです。

45秒台への糸口が見え、日本学生陸上界に収まらず日本陸上界で更なる飛躍を夢見る中、調子のいい時に限ってやってくるハムの違和感。日本選手権前に現れた違和感は、日本選手権中には本格的な痛みへと変わっていました。これまでの岩崎さんは前半から攻めた走りを展開し、後半を粘ってスピードを落とさない、いわゆる前半型でした。しかし、ハムストリングスの痛みからスターティングブロックを思うように蹴ることができず、必然的に後半型へと変わってしまったといいます。
日本選手権では46秒98の記録で7位入賞を果たしたものの、岩崎さんにとっては非常に悔しい思いをすることとなりました。
9月に控える日本インカレに向け、怪我と付き合いながら、調整として出場した昨年8月末の近畿選手権。この大会には特に合わせることはしていなかったのにも関わらず、岩崎さんにとって思わぬことが起こります。
怪我の影響により、日本選手権と同じように相変わらずの後半型でスタートした予選。骨盤も後傾し、後に動画を見返しても酷い走りだったと振り返りますが、そこで出た記録はなんと46秒09。2021年度日本ランキング8位タイの超好記録の誕生と、さらにこの記録によって奈良県記録も更新され、盛り上がる会場。思ってもいなかった記録に、岩崎さん自身がその雰囲気に取り残されてしまいます。

「なんか出てしまった。」

岩崎さんはインタビューでもこう振り返りました。

その後の9月の日本インカレでは準優勝、10月の関西インカレでも優勝と、成績自体は悪くないものの、「レース展開も含め、自分の力を100%は出し切れなかった。後半シーズンは個人的にはあまり良くなかった」と岩崎さんは教えてくれました。

5.強くなるために必要なこと。

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「基本が大事」

陸上競技の練習に限らず、スポーツの練習は高強度の本メニューばかり注目されがちですが、本当に大切なことは全ての基本である、本メニューまでの過程だと岩崎さんは語ります。
岩崎さんは、練習の中心となるほど最重視しているドリルに、1時間程度かけてじっくり取り組みます。走るために必要な動きをドリルでつくり、その後の、本メニューとなる走りに繋げています。一見普通なことですが、その基本を大切にしてきたからこそ、岩崎さんの競技力は向上したのです。

「自分がどれくらい陸上に対して熱意を持っていて、
自分がどうなりたいかを描いて練習ができているかがと大切だと感じる」

岩崎さんの所属する大阪体育大学では、陸上競技に熱意を持ち、具体的な競技の結果を求めるために目標を持って練習に取り組んでいる選手もいるそうですが、その反面で健康陸上として運動をするために陸上競技部に所属している選手もいるそうです。岩崎さんはその中でも、練習メニューに疑問を抱き、自分が強くなるためにはどうすればいいのかを、考え続けました。自分に足りていないものを分析し、そこを中心に、基本を反復する練習で、競技力を向上させました。岩崎さんは感染症の制限が比較的緩和された今でも、大学での練習は週に2回ほどで、その他は自宅近くの競技場などで、自分自身で考えた練習をこなしているそうです。
岩崎さんの練習は1時間程度じっくりドリルをした後、本メニューとして300mを出力を上げた一本で終わるそうです。実際に400mで45秒台を出すためには、33秒で300mを通過しなければなりません。そのため、300mを35秒設定で何本も走るような練習メニューは意味がないのでは、という疑問から生まれた練習だそうです。

岩崎さんが、日本トップレベルにまで実力を向上させたのは、決して才能でも環境でもありませんでした。岩崎さんの、自分に本当に必要なことを見極める力と、必要なことを確実に克服する努力だったのです。


岩崎さんは4月15日から17日にかけて行われた、2022日本学生陸上競技個人選手権の400mで見事優勝。また本大会は、FISUワールドユニバーシティゲームズ(2021/成都)の日本代表選考会でもあり、岩崎さんは400mで日本代表に内定しました。

岩崎さんの次なる舞台は、日本全国ではなく世界です。
FISUワールドユニバーシティゲームズ 陸上競技の部は6月30日に開幕します。
世界の大舞台での勇姿に、ぜひご注目ください!!

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