以心伝心【掌編】

『明日、暇? この間話した映画、一緒に――』

『一緒に観たい映画があるんだけど。この間――』

 スマートフォンの画面上で何度も生まれては消えていく、言葉たち。
 次の電車が来るまで、あと20分以上ある。
 もう、どれだけの文字列を紡いでは消したのかわからない。

『もしよかったら――』

 すぐに消す。
 文字を打ち込むほどに、まるで出会ったばかりのように他人行儀な文章になっていくような気がした。

 唇を軽く噛む。
 肩口で綺麗に切りそろえてあるはずの私の髪は、風で乱雑に踊っていた。
 戯れるように、桜の花びらも舞っている。
 彼女と仲良くなったのも、こんな風の強い春の頃だった。

 高校に入学して、初めて彼女の姿を目にしたときから距離を縮めたいとは思っていたけれど、私から声をかける勇気はなかった。
 彼女のそばには、いつも誰かがいたから。
 だからあの日、教室で向こうから話しかけてくれたことに驚きを隠せず、小説を読んでいた私は挙動不審なくらいに慌てふためいてしまった。
 それ以来、好きな映画や小説の話で仲を深めることができたのは、私にとっては思いがけない幸運だった。

 だけどやっぱり、どんなに仲良くなれたとしても、こちらから連絡を取るときには今でも緊張する。
 彼女は細かいことを気にするような性格ではないとわかっていても、どうしても些細なことで私のほうが気後れしてしまう。

 電車の到着まであと5分ほど。
 何度も何度も、手元のスマートフォンで彼女宛てのメッセージを打ち込んでは削除し続けていた。
 もういっそのこと、諦めてしまおうか――。
 そのとき、ブブッとスマートフォンが振動した。
 彼女からのメッセージ。

『明日、ヒマ? 映画観にいこうよ、一緒に』

 胸の内側にむずむずとした感覚が広がって、自分の頬が、口元が、情けないくらいに緩んでいくのがわかる。
 私は『いいよ』とたった3文字を返すだけなのに、果てしなく長い時間をかけたような気がした。

 電車がホームにゆっくりと入ってきた。


(了)

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