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怡庵的 徒然なる日々『すみ鬼にげた』

   すみ鬼にげた    


                 岩城 範枝/作 
                 松村 公嗣/絵
      

                 2009年11月 初版 
                 福音館書店刊


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 「福は~うち、鬼は~外」

 昔は、年に1度節分の夜になるとどこの家からも聞こえてきた子
 どもたちの声。子どもたちが小さいとそちらのおとうさんが“鬼”
 になって散々な目に遭う役を演じたものだった。今はどうだろう
 か。

 そして、お豆を拾って、あるいは別のお豆を年の数だけ食べる習
 わしがあった。そういえば、その豆のことを“年取り豆”と言った
 けなあ。それから、イワシの頭を通した柊の葉がついている小枝
 を戸口に刺しておいたっけなあ。

 それに、お寺さんの節分会でまいたお餅をお汁粉にしたというの
 で、ついこの前いただいた。そんな風習も残っている。

 まあ、鬼の身からすれば、1年のうちで最大の厄日なわけで、今
 年も『ひまな岬の菜の花荘』では人間たちから逃れた鬼たちがお
 のぶおばさんと宴会を開いていることだろう。

 ちなみに、これは堀内純子作の『ひまな岬の菜の花荘』でのお話。

 さて、そんな“鬼”が出てくるお話をきょうはご紹介させていただく
 ことにしよう。

 

 確かに聞こえた。

 「うぉー、うぉー」

 だれかが泣いてるような声だった。耳をすます。……聞こえない……。

 「だれ?……だれなの?」

 もう、だれも残っているはずないのに。でも……。聞こえた……。

 「ン?、………やっぱり聞こえる……」
 「だ、だれ……なの……」

 そこは、お堂の西南のすみだった。軒下のあたり。もうまっ暗だ
 った。ヤスは、おそろしかった。でも、それにもまして、泣き声が
 気になった。いぶかしげに見上げると、屋根をささえる隅木の
 あたり、

 「ン?あれ、何だ?」

 肩で隅木を支えながら、こぶしをひざにおき、隅尾垂木(すみお
 たるき)の上にきちんと正座をしている、あれが泣いている!

 「あれは、鬼か?」

 一尺ばかりの小さな、確かに鬼だ。おそろしい形相だ。ヤスはお
 そるおそる問いかけた。鬼はヤスの問いに、その昔唐の国から
 偉い坊さまが“戒律”を伝えに日本に旅だったとき、なかまの鬼た
 ちといっしょに自分も船に乗り込んだこと、そして船の上で目の
 見えない坊さまにみつかって、小鬼にされたことを話して聞かせ
 た。

 年を経て、ここにやってきて、そのお坊さまがお堂を立てた時な
 かまとともに“すみ鬼”にさせられたことも。

 それだけではない、鬼の話はまだ続く。

 ほかの“すみ鬼”は自分のことをすっかりあきらめてしまって、
 もうずっと役目を果たしてただそこにじっと座っている。役目と
 は、屋根を支えて、疫病や魔物からお堂を守ること。もう900
 年もそうしている。 

 「だが、わしはあきらめられん。わしをここからはずしてくれ、
 なあ」と鬼はヤスに頼み込んだ。ヤスは鬼をあわれに思った。

 そこで。

 木槌で鬼を押し出すように打ちはじめた。やがて、鬼がころげ落ち
 ていく、いや、ひょいと宙返りをして、見るまに見上げるほどにと
 んでもなく大きくなった。

 そして、

 大きくなった鬼は、ヤスを肩に乗せ……。

 時は、今(2009年/本書が書かれた年)をさかのぼること、およ
 そ300年ほども前のこと。

 ヤスという名の少年が、大きなお寺の門前に立った。その寺のお
 堂が大がかりな修理に入って、大勢の宮大工たちがせわしく立ち
 働いていた。

 ヤスは、宮大工だった父親のあとをついで、見習い小僧としてこ
 こで働くことになって、冒頭にあるように“すみ鬼”と出会ったの
 だった。    

 西ノ京駅から北に細い道を歩くこと数分。

 門越しに突然威容をほこる堂が見えてくる。いわゆる“天平の甍“そ
 のもの、この堂こそが今回の「すみ鬼にげた」の舞台になった律宗
 総本山の唐招提寺金堂である。

 この金堂だが、2000(平成12)年から「平成の大修理」にはいり、
 09年の9月に落慶行事が取り行われた。この大修理によって今ま
 で不明だったことが明らかにされた。

 蛇足であるが、主人公ヤスが修理に関わったとされるのは江戸時代
 、元禄期のそれのようである。

 ところで。

 作者の岩城さんの“あとがき”によれば、である。

 2005(平成17)年1月に東京国立博物館で開催された「唐招提寺展」
 において“すみ鬼”がお目見えしたとのことである。四天王に踏みつ
 けられている“邪鬼”はよく目にするが、この“すみ鬼”は初めてだっ
 たという。創建当初からあったとみられる3体の“すみ鬼”は、必死
 の形相をしているが、江戸時代にマツ材でつくられた1体は、なぜ
 か力がぬけた表情をしているのだそうだ。博物館に問い合わせても
 埒が明かず、ついには唐招提寺の修理現場まで出かけられたという。

 それでも、“謎”だという。

 
 そこで、この物語が生まれたのだという。

 金堂の西南だな。今度、唐招提寺を参拝する時には双眼鏡を持って 
 いかなくちゃいけないな。

 ここで国宝“すみ鬼”を画像で予習されたいという方にこんなサイト
 をご紹介させていただくことにしよう。

 「国宝 唐招提寺 金堂/平成大修理現場見学会」

 http://www.lint.ne.jp/~uematsu/tabinoomoide/toshiyodaiji2.html

   
 思いのほか“すみ鬼”たちが大きく撮影されていて、参考になさってい
 ただけると思う。

 なお、さらに参考までにということになるが、世界最古の木造建築の
 1つ、法隆寺の五重塔をも“すみ鬼”が支えていることを今回知った。

 もう一度、“斑鳩の里”“西ノ京”をゆっくりと散策しなくてはいかんな。
 いずれの季節がよかろうか。

 會津八一のあの短歌を口ずさみながら。

   おおてらの まろき はしら の つきかげ を 

      つち に ふみつつ もの を こそ おもへ

 読者対象層としては、小学校中級からとあるが。ここから歴史好きなら
 小学校上級、中学生でも十分に楽しめる。

 ともかく多くの方に一読を薦める。

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