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タツヤくん

週に2、3回ほどツタヤに通う生活を数年続けている。

昔は近所の石神井台店を利用していたこともあったが、今では99パーセント高田馬場店に行く。駅から徒歩5分ほどのところで、並びにはたくさんのご飯屋さんがあり、同じビルに様々な進学塾が入っていて、道路を挟んだ向かい側にはスターバックスや地下鉄の出口がある。そのため人通りは多く、店内にも常に一定のお客さんがいる。

よく見かける、高めのポニーテールを結んだややぽっちゃり目のアジア系の女性店員は、私と顔を合わせる度に「またオマエか」という表情をする。昔からかなりの頻度でお世話になっている店舗なので店員さんたちはこちらの顔を覚えてしまっているらしい。
それが恥ずかしいので店に入る時はいつも早歩きで俯き気味の姿勢をとる。しかし入り口からすぐのところにレジがあるので嫌でも店員さんと目が合ってしまう。運よく誰にも気付かれずに入り口を抜けられたとしても、フロアには商品整理をしている店員さんがウヨウヨいるし、セルフレジでも彼らはさりげなくお客さんを見張っている。そのためこれら全てをくぐり抜けて誰にも見つからずに買い物を済ませることは不可能に近い。

そもそも自分の顔が覚えられているということ自体単なる自意識過剰かもしれないが、これだけ通っているのでそんな気がしてしまう。しかしそれでもツタヤ通いはやめられない。

週3で通っているといっても、別に毎回何かをレンタルしているわけではなく、何も借りる予定がなくてもなんとなく足が向く。ツタヤが扱うDVDソフト、CD、コミックス、そして書籍などは、全て私が昔から何よりもお世話になっている娯楽たちである。そのため目的の商品などなくても並べられた作品を眺めているだけで楽しいし、映画や音楽や漫画が大量に詰まった棚に囲まれているとそれだけでなんとなく落ち着く。




大学受験を終えるまではひたすらCDレンタルをしていた。中学生の頃、3年間にわたって週7回各曜日枠を全て見るほどテレビドラマにハマり、その主題歌を集めるためにツタヤに通い始めた。高田馬場のツタヤには、どのシングルがどのドラマの主題歌かを書いた一覧が貼られており、それが更新されるのを楽しみにしていた。それぞれの主題歌を聴くとそれぞれのドラマの世界観に浸ることができ、今でもたまに思い出す。

ただの音楽の話になってしまうが、月9「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」の主題歌、手嶌葵「明日への手紙」は冬の朝にぴったりで曲単体でも最高だし、火曜ドラマ「サイレーン」の主題歌Alexandros「Girl A」の荒々しくいかがわしい感じはあのドラマの緊張感を思い出させる。のちに大ファンになる星野源を知ったのは「心がポキッとね」の主題歌「SUN」がきっかけだった。他にも日曜ドラマ「ゆとりですがなにか」の主題歌、感覚ピエロの「拝啓、いつかの君へ」や金曜ドラマ「砂の塔」の主題歌「砂の塔」など挙げ出せばキリがない。何も見なくともこれほどのドラマを思い出せるのは、ドラマの良さももちろんだがそれだけでなく、主題歌が頭の中にその世界観を深く刻んでくれたおかげだろう。

高校生になってから連続ドラマからは離れていったけれど、ドラマで知ったポップスから少し幅を広げてそれ以外の音楽、特にロックにハマるようになった。今でも好きなRADWIMPS、クリープハイプ、女王蜂などのCDをツタヤで手に取った時のことをよく覚えている。どのアルバムから聴いたら良いのか分からず、お金もないからハズレを引くわけにもいかないので、ジャケットとアルバム名と曲名だけを見て散々悩みながら選んでいた。
まだ全アルバムのうち半分くらいしか知らない状態でRADWIMPSのライブに行った日の帰り、これは全て聴かなければと思いそのまま高田馬場のツタヤへ行った。残りのアルバムはもちろんそれに加えてB面の曲も聴くためにシングルまで全て借りて帰った。その中には驚くほどハズレがなく、生まれて初めて1アーティストのファンになった。

中学高校とそれぞれ思い出があるけれど、CDレンタルに一番救われたのは高校三年生から浪人を終え予備校を卒業するまでの二年間だった。当時の私は受験に集中するためという理由で、高級ヘッドホンと引き換えにスマホを解約してガラケーを使うという謎の契約を両親と交わしてしまっていた。そのため音楽を聴くこと以外に身近な娯楽がなかった上、ガラケーではネット回線を使用するのにパケット料金がかかってしまうので今のようなサブスクやYouTubeも利用できず、代わりにウォークマンを愛用していた。ウォークマンで新しい音楽を聴くにはツタヤでCDを一枚一枚レンタルし、パソコンを通してインポートする必要がある。こうして私はまたツタヤに通い詰めることになる。

この時私がハマったのは洋楽だった。洋楽なんて邦楽以上にどこから手をつけて良いのかわからないから、なんとなく洋楽コーナーを眺めてとりあえず名前を聞いたことあってかつかっこよさげなアルバムを選んだ。大人っぽい洋楽を聴いてカッコつけたいという不純な動機もあったが、聴いているうちに本当に好きになっていった。

棚から無差別にCDを選ぶのでジャンルや年代や知名度に関係なく様々なアーティストを知った。アースウィンドウ&ファイア、エリッククラプトン、キースジャレット、シガーロス、チェインスモーカーズなど、どれもとてもお気に入りのアーティストだ。彼ら全員を知っている人からすると好みに統一感がなさすぎて意味がわからないと思うだろうが、スマホがなく音楽とツタヤしか楽しみがなかった学生ならではの趣向である。



無事に大学受験を終えてからは音楽のサブスクに入ったためCDレンタルをする機会はほとんどなくなった。代わりにDVDの借り放題サービスを利用し始め、漫画にも積極的に手を出すようになった。結果的に今まで以上に馬場のツタヤに通い詰めることになった。

私はDVDを選ぶのにかなり時間がかかる。映画自体は大好きなのだが、知らない映画を見るのを躊躇してしまう癖があり、その分見たことのあるお気に入りの映画を何回も見てしまう。複数枚DVDを借りると、大体半分は初見で残り半分は2回目以降といった具合になる。これは、人見知りの人間が知らない人より仲の良い人と遊ぶのを好んでしまうのと同じような感じだ。

それでも意識的に初見の映画を観ようと努力はする。見たことのない映画を借りる際はフロアを徘徊しながら携帯でレビューサイトを見たり予告映像を見たりする。ただその映画が面白そうではあってもなんとなくしっくりこなかったり、やっぱりお気に入りの映画をもう一回見たくなったりなどするので、滞在時間は伸びていく。しかしその時間も楽しみに含まれているし、そうして選び抜かれた作品をレジで会計するのはなんとも言えない達成感がある。



宣伝みたいになってしまうけど、コミックは一番安くて一冊ごとに気軽にレンタルできるので本当に良いサービスだと思う。にも関わらず知名度が低いのが不思議。

DVDやCDではそうもいかないが、ツタヤの漫画はその場で中身を確認できるという利点がある。個人的に漫画はストーリーよりも絵柄やコマ割りなどビジュアル的な面を重視するので、中身を見てみないと興味を持つきっかけもない。そういう意味で、棚に大量にある漫画を一つ一つ手に取り中を見られるというのはとても良い環境だ。おかげで浅野いにおの短編集や「おやすみプンプン」、「プリンセスメゾン」、「いつかティファニーで朝食を」など、本来なら縁もゆかりもないたくさんの漫画に出会うことができた。 

時間に余裕のある時は漫画を当日レンタルで2、3冊借りて、向かいにあるスタバでコーヒーを飲みながら時間を潰す。普段勉強で使うことの多いスタバでダラダラと漫画を読むという背徳感を胸に抱きながら、贅沢な時間を過ごすことができる。心に余裕のない時は漫画を20冊ほどまとめ借りし、全てを投げ出して読み漁る。ベッドに寝そべって鼻くそをほじりながら読むのが安定のスタイルだが、タオルと一緒にお風呂に持ち込んでのぼせながら読み進めるのも楽しい。漫画が湿るので本当は良くないけれど。

数ヶ月遅れで新刊コミックスも追加されていくので、月初めはそれをチェックするのも楽しみになる。昔から本当に好きな漫画はコミックスを買っているが、経済的に全て買うわけにはいかない。しかしそれでも気になる、という漫画が一定数あるのでそういう時にレンタルがあると助かる。ガンツの作者の「ギガント」、デスノートコンビの「プラチナエンド」、ジャズを好きになるきっかけをくれた「ブルージャイアント」、心理描写とリアリティが最高峰のサスペンス「マイホームヒーロー」などがレンタルで読み進めている漫画だ。並べてみるとどれもとてもお気に入りの作品である。

これらの新刊が出ているのにレンタル中で在庫がなかったりするととても歯痒い気持ちになり、どうしても諦めきれず悪あがきをしてしまうことがある。一応検索機で在庫検索をしてみたり、1日に何度も店に出向いたり、1時間ほど店内をうろついて返却されるのを待ってみたりする。肝心の成果はほとんどでない。そして、そんなことをしているから店員さんに顔を覚えられてしまうのかもしれない。




こうして長い時間をかけ、気づけば私はツタヤとズブズブの関係になっていた。言い忘れてたけど、これはツタヤ高田馬場店改め”馬場タツヤ”くんと私の、沼のような8年間の物語だ。

「わたしたちは一週間に3回も会って、週1で行為(レンタル)をして、場所はいっつも同じだったね。たまに忙しくて会えないこともあったけど、いつの間にかあたしの中でタツヤくんの存在は当たり前になってた。」

流行りのエモい恋愛映画モノローグ風に言うとこんな感じになる。

「いつでもあなたに会えるってことがなんとなく心の支えになってたし、こんな関係がこれからもずっと続いていくんだろうなって思ってた。」

しかし、そんな何気ない幸せな日々はある日突然終わりを告げるーー。





その日も私はいつものようにタツヤくんに会いに行った。何も特別なことはなく、何食わぬ顔で彼は私を迎え入れ、私も中へ進もうとした。その時、彼は衝撃的なセリフを発した。

「16年間ご愛顧を賜り、ありがとうございました。」

頭が真っ白になった。どういうことだ?目の前の張り紙に釘つけになっていた私は、周囲の客にチラチラと見られているのに気がついて我に帰った。

一旦落ち着こう。そう思ってフロアの奥へ進み、人目につかない棚の影に隠れた。ふと誰かに見られた時のために商品を見ているフリをするが、実際は何も目に入っていない。代わりに頭の中で先程の言葉が反芻されている。

「ご愛顧ありがとうございました」

「TSUTAYA高田馬場店は2月28日(月)をもちまして閉店させていただくことになりました」

「16年の間、皆様にご利用いただけたこと、心から感謝申し上げます」

ふと視界がにじんだ。すぐさま服の袖で目元をぬぐい、周囲を確認した。誰にも見られていないことがわかると、抑えていたものがさらに込み上げてきてしまった。


どうしてこうなった?いつの間に?つい一昨日来た時まではなんの異変もなかったはずだ。つまり発表されたのは昨日か今日ということだ。というか、具体的な日付は問題ではない。とにかくあまりにも唐突すぎる。

…いや、違う。唐突ではなかったのかもしれない。思い返してみればおかしなことが一つあった。



先月の出来事である。

「俺たちさ、ちょっと距離置かない?」

私がいつも通り彼に会いに行った際、彼は意外なことを提案してきた。TSUTAYA高田馬場店でのDVD借り放題サービスが、その月で終了することになったのだ。
「あ…あたしは別にいいけど?」
突然の出来事に少し戸惑ったが、私は素直になれず平静を装ってしまった。

(まあタツヤくんなりに事情があるんでしょ。最悪他の男(店舗)もいるし、大した問題じゃないわ)

そう自分に言い聞かせ、過った不安から目を背けた。実際その時はそんなに心配するほどのことではないと思っていた。

しかし私たちの歯車はそこから徐々に狂い始めた。借り放題サービスがなくなったことで店舗に行く頻度も下がった。浮気をすることはなかったが家で一人で致すことが多くなった(他店舗の利用はしていないがオンデマンドのサブスクリプションで映画を見ることが増えた)。
それを悟られぬよう何食わぬ顔で一定回数は店舗にも出向き、コミックレンタルなどは相変わらず利用していたのだが、もしかしたら彼は私の変化を敏感に感じ取っていたのかもしれない。今思えば、あの時私は彼の気持ちと、そして何より自分の本当の気持ちと向き合っておくべきだったのかもしれない。

しかしもう遅い。話し合う機会も与えられず一方的に別れを告げられてしまった。じわじわと溢れる涙を人目につかぬようさりげなく拭うことしかできない。惨めだ。

気持ちの整理もつかぬまま、漫画を一冊だけ借りて向かいのスタバに駆け込んだ。内心はこうだ。

「あたしの何がいけなかったの?あたしはタツヤくんのこと愛してたのに…それ以上何をしてあげればよかったのよ!あんたなんか嫌い。大嫌い!」

タツヤは俯いたまま何も答えてくれない。私は一方的に喋り続ける。

「…でもね、あたしあなたに別れを告げられてから、今までのことが思い出されて止まらないの。あたしたちの8年間が、まるで昨日のことのように蘇ってくるの。皮肉なものね。やっぱりあたしはあんたのことを嫌いになんかなれないんだわ。」
スターバックスの苦いコーヒーを飲みながら私はこれまでのことを思い返した。





彼はイメージチェンジをするのが好きだった。お店の棚の並びが、しょっちゅう変化するのだ。
「これどう?」「こっちの方がカッコいいか」「いややっぱこっちじゃね?」
彼自身は楽しんでいるようだったが、私はそれがあまり好きではなかった。私は基本的に変わらないものを愛してしまう人間だし、商品の場所を覚え始める頃にいつも模様替えをされてしまうので、慣れるのに毎回時間がかかってしまうからだ。

しかし一方で彼は、「どこが変わったでしょーか?」などと面倒くさい質問をふっかけてくることはしなかった。高田馬場のツタヤはいつでも在庫検索機能が充実していた。タイトルを検索すれば、在庫の有無はもちろん、取り寄せもできるし、何より在庫の位置がマップで詳細に表示されるのだ。そのおかげで商品を探すことに困ることはほとんどなかった。

自由気ままな一方で振り回される側への気遣いも忘れない、大胆かつ繊細な性格の彼が私は嫌いになれなかった。



もちろん喧嘩だって何回もした。きっかけはいつも、セルフレジだった。

私はセルフレジで会計をする際、両替のために、持っている小銭を全て投入するという癖があった。そんなグレーな行為を彼は許容してくれていたのだが、ある時誤って海外旅行の記念に持っていたセントを日本円と一緒に投入してしまったことがあり、その時だけはかなり怒られた(あとお札を入れるところに間違えて小銭を入れてしまった時も)。その際はレジが壊れ断末魔のような異音が止まらなくなり、何人もの店員さんを呼ぶ事態となってしまった。あれは今でも反省している。

ただセルフレジのことで言えば私にも一つ言わせてほしい。
ある時私は受験でストレスを抱え、それを発散するためコミックとDVDを同時に大量にレンタルしようとしていた。しかしセルフレジの会計で手続きに手間取ってしまい、バーコードがうまく機能せず、会計を何度もやり直していた。すると店員の一人が声をかけてきた。
「どうかされましたか?」
最初は私のことを心配してくれているのかと思ったが、何やら様子がおかしい。
「これお会計されましたか?レシートあります?」
その店員は私を心配しているわけではなかった。それどころか彼は、私が会計を誤魔化そうとしているのではないかと疑っていたのだ。それを悟った私は思わず叫んでしまった(心の中で)。

「なんてこと言うの!?あたしが浮気なんかするわけないじゃない!こんなにタツヤくんのことが好きなのにどうしてわかってくれないの?」
「ごめんよ、わかったからちょっと落ち着いて…」
「もういい!あたし石神井台くんのところ行くから!!」

私の心は深く傷ついた。幼馴染の石神井台くん(以前通っていた近所のツタヤ店舗)の名前を出して嫉妬させようとしたが、彼のことなど今更なんとも思っていない。それからしばらくの間、タツヤくんとは距離を置くこととなった。

数日後、そんな彼から電話がかかってきた。最初は無視していたがしつこくかけてくるので仕方なく答えた。

「…何か用?」
「お客様、返却期限を過ぎている商品がございます。延滞料金が加算されてしまうため、お早めにご返却をお願いいたします。」

先日借りた新作DVDの返却期限を私はすっかり忘れていた。電話越しに慌てて謝罪する。

「ごめん、すっかり忘れてた…。タツヤくん、ちゃんと覚えててくれたの?」
「当たり前だろ。俺たちの、、大事な、記念日なんだから。」
「あ…ありがと。(照)」

私はそそくさと電話を切った。彼は私の返却期限超過をわざわざ電話で伝えてくれたのだ。放っておけば延滞料金が稼げるのにも関わらず、期限を過ぎた翌日には連絡をくれた。その優しさと器の広さに驚き、私の怒りは和らいだ。くだらないことを根に持っていた自分の器の小ささを反省した。こうして私と馬場タツヤくんとの仲は元に戻った。

ケチだった私のことも彼はいつも受け入れてくれた。安く済むからといって一泊ではなく当日レンタルばかりしていた私は、翌日の開店前に商品を返却することでなんとか持ち堪えていた。しかしある日私は当日レンタルをしたのにも関わらず寝坊をし、ツタヤに到着するのが開店時間を過ぎた12時前になってしまった。

仕方ない。自分のミスだ。延滞料金を払う覚悟を決め、返却ボックスに向かうと、そこには彼からの置き手紙が。

「ゆったり返却期間!期限翌日の12時までに返却すればOK!」

私は膝から崩れ落ちた。なんという器の広さだろうか。延滞したら電話をくれるだけでなく、返却期限を2時間も伸ばしてくれるなんて!

私はより一層彼のことが好きになってしまった。そしてこれからは返却期限を必ず守ることを心に誓った。



そんな彼の優しさに甘えすぎたのがいけなかったのだろうか…なんて冗談はそろそろ置いておこう。
泣いても笑ってもあと一ヶ月で彼とはお別れ、ツタヤ高田馬場店は閉店だ。この事実をどうやって受け入れようか。これから何を拠り所に生きていこうか。その答えを見つけるには少し時間がかかりそうだ。




続く。


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