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村野真朱・依田温『琥珀の夢で酔いましょう』:新しいビールとの出会いで生まれた言葉が、多様で自由な世界を描く

クラフトビールを題材にした漫画『琥珀の夢で酔いましょう』(原作:村野真朱、作画:依田温、監修:杉村啓)の第3巻が刊行されました。主役の三人が主催するイベントを軸にした巻です。個々のビールの魅力や料理とのペアリングについて、芝居仕立てで、ときにコミカルに、ときにシリアスに紹介します。

『琥珀の夢で酔いましょう』では、創作料理とクラフトビールを提供する店「白熊」を中心に物語が進み、ときに外に飛び出して京都の各所を舞台に展開します。それはビールを紹介するだけにとどまりません。ひとつのビールが生まれた経緯やブリュワーの姿勢などをストーリーに丁寧に織り込み、登場人物の思いや生きざまに重ねます。

イベントの名称は「十月はたそがれのビール」。三人の知り合いや常連客、そしてビール好きの呑兵衛が「白熊」に集まり、ビールを楽しみます。仮面を被って未来人を演じたのは、三人の共通の知り合いであり、名の知れた俳優です(準主役というべきか、もはや主役のひとりというべきか)。彼女はグラスを片手にビールについて語り(ときに歌い)、参加者に問いを投げかけます。ビールに抱くイメージ、初めて口にするビールの味。彼女はパズルのピースを拾うように、人々が語る言葉を集めます。

イベントでは、ビールが苦手な大学生の視点が重要な役割を果たします。彼女は友人の後について大学生活を送ってきて、「白熊」にも誘われるままにやってきました。ところが、その友人が来られなくなります。放り出された彼女は気後れしながらもイベントに参加し、そしてビールに対して思うことを問われると、「『ビールの味』が無理」という本音を口にします。すると我が意を得たりといわんばかりに、「ビールの味」がしないビール(京都醸造のクリーム・エール「後ろめたい秘密」)が彼女の前に出されます。

他にもふたつのクラフトビールが提供され、その個性を料理とともに味わいながらイベントは進みます。そのなかで浮かび上がるのが、ビールを通して「多様性」や「自由」を捉えるメッセージです。ビールを楽しむためのガイドとして読むもよし、物語の奥行きを味わってみるもよし。もともと両方の要素を持つ漫画ですが、このイベントでは特に色濃く出ており、メッセージにも力が込められています。

ビールが苦手な人であっても、自分に合ったものを探す楽しみがクラフトビールにはあります。一方、ビールが好きな人は、苦手な人でも飲めるクラフトビールを知ることで、これもまたビールなのだという新しい視点を得ます。ビールの種類だけ魅力があり、「ビール」という言葉の定義を変えるのではないかと思うほどのカラフルな世界が広がります。

アルコールに弱く、特にビールを避けていた僕が、今や京都醸造のビールを定期的に通販で購入するほどのファンになったのは、間違いなく『琥珀の夢で酔いましょう』がきっかけです。ビールの捉え方が変わり、量は飲めずとも、自分に合ったビールを味わうという楽しみ方を知りました。背中を押されて新しい世界に踏み込んだら、次の一歩を自分の意思で踏み出す。そういう体験ができたことを嬉しく思います。

さて、先述の大学生は「十月はたそがれのビール」を通して、何を思い、どのように変わったのでしょうか。イベントが進み、新しいビールを口にするたび、彼女のなかに新しい言葉が生まれます。イベントの最後に語ったこととは何か、それを確かめるのもこの巻の魅力です。


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