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日之下あかめ『河畔の街のセリーヌ』:パリで得た縁を糧にして、少女は未来に足を踏み入れる

19世紀後半のパリを舞台にした日之下あかめの漫画『河畔の街のセリーヌ』は、少女がいくつもの職業を知ることで人々の生活や思いに触れる物語です。主人公セリーヌ・フランソワの目や耳を通して、パリに生きる人々の姿が描かれます。街並みを歩く様子や交わす会話のなかに、記憶に残る表情や言葉がいくつも登場します。

第3巻は第11話から始まります。第2巻の最後に収録された第10話から連続するエピソードです。書店員の仕事を手伝っていたセリーヌは大学教授に書籍を届けると、そのまま講義に参加します。広い教室で目にしたのは、知ることへの渇望を隠さない女性たちの表情。やがて講義が終わり、書店に戻って仕事を終えます。その帰り道、彼女は夕暮れのパリを駆けます。たくさんの「渇き」を目の当たりにした後、走らずにはいられなかったセリーヌの姿が特に印象的でした。

パリでのセリーヌと故郷でのセリーヌ。第12話は乳母という職業を介して、ふたつの線で話が進みます。おぼろげになっていく「先生」こと叔母の記憶、一方で記憶に残り続ける「先生」の言葉という対比が印象に残りました。誰かの記憶は、その人自身というより、その人から授けられたものによって構成されるのかもしれません。

『河畔の街のセリーヌ』はこの巻で幕を閉じましたが、やがて作家となるセリーヌの旅は始まったばかりです。これから彼女が何を見て聴いて触れて、何を感じ、そして何を綴るのか。それは想像の域を出ません。しかし想像すればするほど、100年以上前の河畔の街で本当にセリーヌが生きていたような気がします。この作品はフィクションではなく実在の人物が書き残した手記だったのではないか。そんなことを思いながら、幕の下りた舞台を眺めます。


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