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映画🎞️『市子』

にわのシャベルが一日ぬれて、雨があがって
くしゃみをひとつ、くもがながれて
光がさして、みあげてみれば
ラララ にじがにじが空にかかって
きみのきみの気分もはれて
きっと明日はいい天気、きっと明日はいい天気

童謡「にじ」

きっとこれは彼女の人生であり、彼女の希望であったのかもしれない。

「にじ」の鼻歌を歌いながらひとり歩く姿から始まる映画『市子』。
前触れもなく長谷川(市子の彼)の前から突然逃げ出した“川辺市子”。彼女は前日に長谷川からプロポーズをされたばかりだった。嬉しそうにしていたはずの彼女はなぜ逃げてしまったのか…。

自分の力ではどうにも出来ないものを背負いながら生きていかなければならない、普通の幸せを普通に受け取る事が出来ない。
なぜ、彼女がこうならなければ、しなければならなかったのか。
作中で「嘘は嘘でしか守られへん」というセリフがあるが市子の人生はまさにこの呪縛から逃れられなかったのだろう。
ただただ、彼女は幸せでいたかっただけであり、幸せな時間をもってた人間なのに、幸せで居続ける事を許されなかった。

映画冒頭に長谷川との会話で小さかった頃に好きだった料理の話をする市子。
彼女は好きだった料理がみそ汁だといい、それは、夕方になったらする匂い、どこかの家の幸せそうな匂い、憧れの匂い。だから今私は幸せだ。と長谷川に話すのだ。この極々日常の小さな会話の中に彼女の人生の切なさや願望が詰まっていたのだろう。

彼女は嘘を嘘で守り幸せになることができるのだろうか。

映画への冒涜かとも思われてしまいそうですが、正直しんどすぎてシーンを途中途中で止めながら観てしまいました…。
先日鑑賞した「ある男」もそうですが、人生の呪縛みたいなどうにも出来ないような、やり場のない悲しみを感じる作品でした。
努力はいつか報われるという人もいますが、努力してもなおこの呪縛に蝕まれる人生もあるというのが現実だなと…。

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