240106 日常

「お先にどうぞ」
目の前に並んでいた小学生らしき風貌の男の子に声を掛けられる。

本郷三丁目駅の改札前でSUICAの残高が足りないことに気づいたわたしは、精算機に並ぶ少年のうしろに立った。残高不足で改札に止められるたびにオートチャージ設定にしていないことを悔やむ。

そして、先のように声をかけられるのであった。手元のスマホから目をあげると、こちらを見上げる少年と目が合った。
どうやら精算機の順番を譲ってくれようとしているらしい。こういう場面で後ろの人を優先するように教えられているのだろうか。
礼儀正しい子だな、と思いつつ、少年の仲間が先に改札を抜けていることを知っているわたしは先にどうぞと少年を促す。ありがとうございますとされなくてもいい感謝をされる。

少年は手に持っているSUICAを精算機に入れ、画面上の2000円のボタンをタッチする。ポケットから財布を取り出す。1000円札を一枚投入する。小銭入れのチャックを開けて、小銭の投入口のうえでひっくり返す。じゃらじゃらじゃらじゃら。何十枚も小銭が落ちる音がする。
10円玉・50円玉・100円玉が全部で30~40枚くらいだろうか。無造作に小銭投入口に入れられている。大量の銅色。見るからに10円玉が多い。まさか1000円を小銭でチャージするのか。全部入れ~!少年はぶつぶつと念じながら一生懸命指で小銭を投入口に押し込んでいる。足りるのだろうか。ハラハラして投入金額の表示を眺める。
心配は的中する。画面の投入金額欄に表示されたのは1850円。150円足りていない。少年は足りない・・・と狼狽えている。財布をひっくり返して振るも、何も出てこない。

こういう時、自分の財布からさっと150円を渡すのがやさしい大人としての振る舞いなのだろうか。しばしの逡巡。しかし、彼のSUICAの残高は1305円。これはチャージしなくても足りるのではなかろうか。すこし悩むが、見守ることにした。

少年はどうしようとつぶやき、15秒ほど無言で考えた後、「あとでやろう」と、チャージを諦めることにしたようだ。取り消しの赤いボタンを押すと1000円札と、100円玉が3枚、50円玉が1枚とだいぶコンパクトになってお金が返ってきた。「よし、あとでやるぞ」少年はもう一度決意するようにそうつぶやくと、チャージに失敗したSUICAを取り出し改札の外へと向かい消えていった。

自分のSUICAにチャージを終え、改札を出ると少し先にある駅の出口のアーチの下に先ほどの少年がいた。立ち止まっていた彼が歩き出すと1000円札が宙に舞った。しまいそびれてしまったようだ。地面に落ちたお札に気づかない少年は、そのまま颯爽と歩きだした。そこへサラリーマンが通り、お札に気が付く。あたりを見回すが、誰が落としたのか分からないようだ。お札を拾い上げ、半分に折ってポケットにしまってしまった。今日のお昼代を拾えてラッキーとでも内心思っているのだろう。
サラリーマンの肩を叩く。前を歩いてる男の子が落としたものですよと教えた。サラリーマンはこちらの顔を一瞥しぺこりと頭を下げると少し早足で少年に追いつき、「これ、落としましたよ」とポケットから1000円札を取り出して少年に手渡した。

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