【独占禁止法叙説】0-2 資本主義の法的保障

 資本主義下にあって、その原動力ともいうべき市場経済を秩序づけている独占禁止法の説明に入る前に、まず資本主義なかんずく市場経済がいかなる法的基盤によって支持されてきたか。そうした仕組みが円滑に機能するために政府・公権力が果たしている役割は何か。また、これらの作用を根拠づける法とはいかなる存在か。これまでの資本主義を跡づけ、その発展を辿りながら見ておこう。
 18世紀末から19世紀にかけての法の基本原理は、各経済主体にできるだけ多くの自由を保障し、政府・公権力は経済への介入を可能な限り避け、経済活動を各自の自由に委ねることが、全体として調和ある経済発展を導くという思想を背景としていた。したがって、当時の経済に対する政府の態度は一般に消極的であり、政府の規制は、経済活動の自由に対する積極的介入ではなく、むしろその自由を制度的に保障し、市場経済、より具体的には価格メカニズムが円滑に機能するための仕組みや条件を整えることにあったといえる。
 したがって、近代国家における法は、資本主義を保障することをその基本原理としていた。ここにいう資本主義の法的保障とは、市場における財・サービスの自由な取引の保障であり、また資本主義を成り立たしめる自由な経済活動の保障である。
 市場における財・サービスの自由な取引の保障は、以下に掲げる近代市民法(私法)の基本原則に集約される。
① 法主体の自由・平等・独立:法主体に関する原則は、市場における取引主体の法的保障といえる。市場において取引の主体が存在しない限り、取引が成り立たないのは当然の理である。市場のメカニズムが働くためには、市場に参加し取引を行なう意思と能力のある者は誰でも、自由且つ平等な立場で、独立してそれを行い得なければならない。私法は、この取引に参加しうる資格を「法人格」とよび、その主体としての地位を定めている。
② 私的所有権絶対:所有制度に関する原則は、取引の対象あるいは客体の法的保障といえる。市場のメカニズムが働くためには、取引の対象ないし客体(=物)の所有権が取引主体に排他的に帰属し、その自由な意思のみによってそれが移転しなければならない。これを保障しているのが「私的所有権絶対」の原則である。
③ 契約の自由:「契約自由の原則」は、市場における取引のプロセスないしは手段の法的保障である。市場のメカニズムが成り立つためには、誰と、どのような条件で、そしていかなる形式で取引するかについて、自由が保障されていなければならない。これを保障しているのが「契約の自由」の原則である。
④ 過失責任:また、「過失責任」の原則は、契約自由の原則から導かれた原則であり、取引等における責任負担範囲を予め故意・過失に限定することで、経済活動に伴うリスクないし不確実性を最小限に抑え、資本主義の発展をもたらしたとされる。
 このように、近代市民法(私法)の原則は、市場における取引に必要な諸要素、すなわち取引主体や取引客体そして取引プロセス(手段)などを保障することにより、市場経済ひいては資本主義を基本的に支持し、全体として統一的な経済秩序の形成に寄与している。
 この近代市民法が予定し保障している経済秩序は、商品・サービスとこれらの対価たる金銭の交換として意義づけられる市場での自由な取引活動を通じて具体化される。そして、取引の自由にもとづいた自由な経済活動が個々人の間で競合し、それらの間で競争が生じる。その意味で、近代市民法に由来する経済秩序は、必然、市場における競争を内包する。もちろん、法の役割はそれにとどまらない。国民国家の伸張と併行して、資本主義を円滑に運行させるための仕組み、たとえば、貨幣制度、銀行制度、保険制度、度量衡制度および運送制度等が整備されたことも指摘しておく必要があろう。
 しかし、近代市民法にもとづく経済秩序は、これまで述べてきたような原則を基盤とする自由競争の結果、優勝劣敗の過程、あるいは産業革命を契機とする技術革新と資本集中の過程を経て、さまざまな矛盾を見ることになるのである。

(2024年1月8日記)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?