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〝わたし〟とヨーガの軌跡 1️⃣

急なことですが、自分のことを書き残しておこうと思います。

今から遡ること16年間分のとても長い長い記録。


まず先に書いておきたいのが、僕の頭は整理されていないうえに曖昧な記憶を手繰り寄せるので途中話が時空を超えてどこかに消え去るかもしれません。

笑ってツッコミながらお付き合い頂けたらと思います。



僕の名前は、道村友哉(みちむらともや)。

職業なんて謎のカテゴライズは今はさておき確かなことはこの名前くらいです。

16年前の呼び名は”みっちー”。

今はこの小さな山奥の村で“とっちゃん”と呼ばれています。


と、早速話が逸れそうなのでググッと戻します。


16年前の僕にはまだ職業名がはっきりとあります。

それは、フィットネスインストラクター。

そのころはまだヨガだけを教えていたわけではなくてありとあらゆる健康のメソッドを教えていました。

まだ若かった当時はまるでゲームをクリアしていくように必死にありとあらゆる技術を習得していた頃です。


ただ、この記録のテーマは〝わたしとヨーガ〟で、僕の今を創るほぼ全ての要素であるヨーガとの話だけを書こうと思います。

自分で言うのも変な話ですが、僕とヨーガの波瀾万丈な人生を忘れてしまう前に少しでも保管して将来「そんなこともあったの〜」なんてお茶でも飲んで話すための記録です。


ヨーガとの正確な出会いはなんだったか忘れてしまったのですが、ヨーガに惹かれた理由ははっきりと覚えています。


僕は自分が好きで、そして嫌いだったんです。


訳のわからないことを書きましたが、別の書き方をするのなら”ただただ自分を好きでいるのですがそれと同時に自分の強すぎる我(エゴ)にいつも呆れていた“という事です。

これは自分を嫌いになる時が時折あるというわけではなくてふとした時に顔を見せる強い我に飽き飽きしていたんです。

そんな我に呆れるのは今にはじまったことではなくて中学生の頃にはもう強くそう感じていました。

そんな僕には昔からしていたある行動があります。

それは、〝得意なことをやめる〟ということ。

どんなことでもやると決めたことは必死に向き合い続ける気質だった為、誰よりも取り組む時間が長くなるので自ずと周りの人より秀でていると感じるようになってきます。みんなよりもそれだけに費やす時間が多くなるので当たり前のことなんですが。そしてそんな絶頂の時がくると僕の我はしきりに主張をし始めます。勿論僕はこの主張に飽き飽きしていますのでそれがどれだけ長い期間を費やしてきたことだとしてもすぐにやめて反対のことをはじめます。反対とはそのままの意味で、人より劣っているとその時に感じることをはじめるんです。

そんな選択の仕方をして生きてきました。


そして、ヨガも例外なくこれでした。

今となっては信じてもらえませんが、当時攻撃的な性格をしていましたし身体は誰よりも硬く、きっとそれに伴って考え方も硬かったのかもしれません。

昨今のヨガブームでは考えられないくらい当時のヨガはコアなもので、いわゆる”怪しさ満載”のものでした。

そして元来明るい性格をしていた僕にとってヨガはどこか陰な雰囲気で静けさを纏っていました。

その時の僕にはピッタリのもの。それがヨガでした。

そしてありがたいことにフィットネスの業界に足を突っ込んでいた僕にはヨガの勉強を深め得ることは難しいことではなく、当時フィットネス界では最先端で最大のヨガを学ぶコースに通いだしました。30人定員いっぱいのコース生と2人の講師。その中で男性は僕1人でした。そこから31人の女性に囲まれながらコース生活が始まりました。


今日はここで書き終えて次回はこの続きから書くつもりです。

が、、早速時空を超えてくるかもしれません。

その時はよろしくお願いしますね😌


ではでは。またまた。




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