一連
取り留めも無く希望を探す心持ちで、トングをかちかちと鳴らす。ブルーベリーの青を溶け込ませたベーグルが、昔飼っていた犬に似ていた。名前はミゲルだった。外国の犬種だと聞いて、当時の知識を総動員して、おしゃれな響きの名前をつけたような覚えがある。進めば、床のタイルが禿げてざらざらになったところが、クロックスのかかとに引っかかる。ベーグルが揺れて、咄嗟に庇う。ミゲルはフリスビーが苦手だったから、結局俺が近づいて取ってやっていた。進む。次の棚のクロワッサンの三日月形は、中高を捧げた弓道の弦に似ていた。横で練習する女子弓道部一同に嫌われた事を思い出す。取るのをやめる。あの時は三上さんを笑ったわけではなく、後藤さんの道着が異様にボロボロで驚いただけだった。思えば、クロワッサンは欠片が大変落ちやすい。やっぱりやめる。進む。クロックムッシュが照っている。店のガラス窓の反射が陽だまりを生む。一度だけ人とクロックムッシュを食べたことがある。あれは大学の学祭実行委員をしていた時で、二つ歳下の、青木くんとだった。クロックムッシュは欠片が溢れないと思う。朝早くに鍵を受け取る予定があり、担当を引き継ぐ青木くんを同伴させていた。ガーベラがレジ横に揺れていて、それを一瞥する。鍵を受け取った後、青木くんが朝飯食いましょうよと言って、学食でクロックムッシュを食べた。それきり食べていない。三上さんとは去年結婚報告を受けたきり、連絡を取っていない。クロックムッシュを取る。柔らかくて暖かい。ミゲルが亡くなった日は、高二の国体予選を翌週に控えていていた時期だった。その日を境に早気を起こさなくなった。青木くんは学祭が行われる8月を目前に部室に現れなくなった。進む。小ぶりのシナモンロールがまだ熱を帯びて佇んでいる。何も考えずに二つトレーにのせる。ミゲルはそれでもフリスビーが大好きだった。後藤さんが先生と付き合っていたことは誰にも言わなかった。シナモンロールは明日食べようと、誰かが約束をしてくれたことがある。もう一周して、また同じタイルの禿げたところが引っかかる。進む。約束をしたことがあるというだけだった。会計を済ませる。ガーベラが揺れている。ガーベラを揺らす冷房が、クロックスを過ぎて足に刺さる。ポイントカードにチェックをつけてもらう。あと三つ貯まれば500円の割引になる。知っている味を買う。知っている記憶を辿る。知っている言葉で交流する。方向は一つだった。ビニール袋の熱がふくらはぎに触れたり、離れたりする。これから自分になる熱らしいが、そんな気はしなかった。希望らしい顔の春が過ぎて、独善とした夏が来る。まだ知らない約束をするかもしれなかったはずの、身体のための一連。
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