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「デザインのコツ」って言われても

書きたいことはタイトル通りな内容なのですが、割とこういうことを訊いてくる人は一定数います。とりあえず「デッサンをやれ」とか「観察眼を養うべき」とか、美大受験の際に踏んだであろうプロセスを説明しても、そういう人は納得してくれません。おそらく、「ぱっぱと身につく小手先のテクニックを今すぐ吐け」ということなのだと思います。しかし、その程度で出来上がるのなら、デザインにプロフェッショナルは存在しないのではないかと...。

ごく当たり前の話をしようと思います。手を動かす前のブリーフィングのときから、すでにデザインは始まっています。到達すべき目標や用途であったり、訴えかけるターゲットであったり、分析の結果であったり、スタート地点や論拠はいろいろと複雑に絡み合っていたり、あるいは、散らかっていたりします。わたしたちは、まず置かれている状況を把握せねばなりません。さらに、デザインがかたちをとる前の概念モデルを頭に構築しておく必要があります。なぜなら、状況は変化し、その変化に対応するために、概念が必要となるだろうからです。
おそらく、「コツ」らしきものはこの概念を構築できるかどうか、という抽象的な活動としかいいようがないと考えています。それを極大化させるために、知識や経験、自分を取り巻く風土からの影響や嗜好に到るまで、最適だと思えるものを総動員して造形を進めていきます。手法の話は、この時点で初めて顕在化するのではないでしょうか。
タイトル通りに「コツを教えろ」と訊いてくる人は、手法のことを聞きたがります。しかし、それは概念モデルがあってこそ成立するものです。そしてそれはおそらく、状況に合わせてアップデートしていかねばならないものであり、手法もまた、それに合わせて変化していくものだと思います。

わたくしが受けたデザイン教育はバウハウスの教育プロセスをそのままなぞったような、若干古いものでした。時代に合ったものではないように思えましたが、手を動かして苦痛に近い鍛錬を続けた結果、それらは概念モデルとアウトプットの誤差を修正するのに役立ちました。また、手の動かし方を知ることで、概念モデルの幅が広がっていくのを感じたものです。デザインするという知的活動を実行するためには、概念と手法は分かつことのできないと思っています。コンピュータは、さらにそれを加速してくれる道具でした。
なので、わたくしの結論としては、わかりやすい「コツ」はない、としかいいようがありません。わたくしが「自分は教育者に向いてない」と思っているのはこういうところだったりします。どなたか、明快なコツがあったらわたくしにそっと教えてください。

Webフォントサービスを片っ端から試してみたいですし、オンスクリーン組版ももっと探求していきたいです。もしサポートいただけるのでしたら、主にそのための費用とさせていただくつもりです。