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山手の家【第9話】

閑静な住宅街の夜空に月が昇ろうとしている。
瑠璃と真の家は、義人と幸代の家から10分ほど車で走った先にある。戦前から続くお屋敷街と呼ばれる場所だった。
住宅街のあちらこちらに土地の売却を知らせる立て看板や、建設中のマンションらしき建物が見られる。
所有者が高齢のために手放した土地を大手建設会社が買い取り、低層のマンションを建てるのだ。
瑠璃たちの住む家も、そんなマンションの一室だった。
リビングに入ると涼しい空気が瑠璃の帰りを出迎えた。
両手いっぱいに持っていたビニール袋や紙袋は、信子からの出産祝いの品以外はどれも重い。
瑠璃は、いっぺんに荷物を運ぶ選択をした数分前を思い出して、ほんの少し後悔しながら、荒い呼吸を整えた。
「それで、車に積んでた荷物は全部?」
リビングのカーペットの上で真珠まじゅをあやしていた真が瑠璃を見上げた。
真珠まじゅは車の中で気持ちよく寝ていたのに、車を降りる時に振動で起きてしまって不機嫌そうだったが、落ち着いたようだ。
「これで、全部、っと」
ビニール袋の中にはお米やら、農家から定期購入している野菜のおすそ分けが入っている。
帰り際、義人から「これは瑠璃さんに。真には食べさせないように」と、青肉のメロンを1玉もらった。
義人はあまりはっきりとは答えなかったが、瑠璃への詫びの品らしい。
瑠璃はメロンや野菜を冷蔵庫に収めると「今日は大変だったね」と言いながら、ダイニングセットのイスに腰掛けた。
「ちょっと、母さんの様子が心配だな」
(信子さんも、どうかしてるけど)
瑠璃は言いかけた言葉を飲み込んだ。
幸代が近所の医院で初期の認知症と診断されて、もうすぐ1年が経つ。
たった1年で幸代のできることがだいぶ減っている印象があって、幸代のことに注目が集まりやすいが、義人にも認知症の兆しのようなものがみられるような気がして、瑠璃には義人のことも気がかりだった。
「お義父さん、また言ってたね。『あの家、買わないか』って」
「親父、そんなに金が必要なのかな?」
真の言葉は弱々しかった。幸代のことがよほどショックだったのかもしれない。
瑠璃は信子からもらったプレゼントの紙袋が床に置きっぱなしになっていたことに気がついて、テーブルの上に置き直した。
「信子さん、お金がないから同居するって話だったよね」
真は上の空といった様子で、手元のスマホをいじりながら「優子に電話していい?」と、一声発して、瑠璃の返事を待たずに、優子の電話を鳴らし始めた。
真のスマホが呼び出し音を響かせた。どうやら真がスピーカーホンに切り替えたらしい。
(こんな時間に失礼じゃないかな)
コール音が突如、途切れた。
「もしもし?」
スピーカーから優子の声が流れた。

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