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山手の家【第2話】

リビングの窓から海が見えた。傾きかけた太陽の光を浴びて、船がゆっくりと進んでいる。
熊や鹿、キツネが当たり前に出るような山で生まれ育った瑠璃にとって、この景色は新鮮で見飽きることがない。
舅の義人から「いずれこの家はお前たちに相続させる」と、言われている。
瑠璃はこの景色が気に入っているし、息子の真珠にもこの景色を見せたいので相続の話は大歓迎だが、夫の真はあまり気乗りしないらしい。
真珠は半袖と短パンの手足を大の字に広げて寝ている。自宅以外の場所では興奮して昼寝をしない息子がこうして寝ているのは、じぃじ・ばぁばの家に慣れたからだろう。
静かで、穏やかな時間だ。
飲み終わったカップを対面キッチンのカウンターに運ぶと、姑の幸代が何やらぶつぶつ言いながら冷蔵庫の扉を開けては閉め、閉めては開けてを繰り返しているのが見えた。
「お義母さん、晩御飯の準備ですか? 手伝いますよ」
準備は簡単だ。買ってきた食材を冷蔵庫から出して、切るだけだった。
出かける直前に電話で「おかあさんが今夜は焼肉にするって」と、義人から聞いたので、瑠璃と真は焼肉用のお肉や、焼いて食べたら美味しそうな野菜をこの家に向かいがてら調達していた。
キッチンに入った瑠璃は、何気なく調理台の上を眺めて、そのまま調理台に視線が釘付けになった。
調理台には山盛りの千切りキャベツとお好み焼きの粉、トッピング用だろう刻んだ青ネギ、どこからどう見てもお好み焼きの食材が並んでいる。
(え、焼肉は? ていうか買ってきた野菜見て、今夜食べるの楽しみって言ってたよね?)
瑠璃の視界の端に幸代の影が割り込んだ。
「何を食べるかわからなくて適当に準備したんだけど、お好み焼きでいいわよね」
声のトーンからして、幸代は微笑んでいるようだった。
動揺を悟られないように、瑠璃は素早く幸代に背を向けた。
「あ、あぁ……じゃあ、ホットプレート出しましょうか」
ホットプレートはシンクの下の棚にある。
身をかがめると、円を描くようなめまいが襲ってきて、瑠璃は耐えられずしゃがみ込んだ。
大きく呼吸をすると、潮が引くようにめまいの渦が遠のいていく。
ところどころに茶色いシミが浮かぶ扉を開けると、湿り気を帯びた匂いが瑠璃の鼻先をかすめた。
取り出したホットプレートを見て、瑠璃は言葉を失った。
ガラスの蓋越しではっきりとは見えないが、プレートに焦げた野菜や肉のかけらがこびりついていた。

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