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芸人当夜  2-01 ー芸人前夜ー

01 謁見

前回のお話はこちらから。「1-03 きっかけ」
https://note.com/i_am_berobero/n/ne45e1bbe1428



 慎吾にバイト初の夜勤が回ってきた。同じシフトに「中田」の文字もあった。タンクトップの二枚重ね、頭にターバンといったいつもの湘南乃風スタイルで出勤した慎吾の頭の中は「中田」という名のぼやかされたカリスマ像でいっぱいだった。

〈どんな奴なんだ?そもそもどんな顔してんだ?
良い奴なのか?めんどくさい奴なのか?〉

 ドアを開ける。

〈そんな面白そうな奴いるか?
まあおかしな服装のヤツがいるけど、その他はそうでもないな。
あいつ、嘘ついてんのか?〉

とあれだけ煽っていたバイト仲間を疑いながら、勤務が始まった。しかし、その疑念はものの数十分もしないうちにぶち破られた。

 一人一人がある程度の対応を終え、一段落したあたりから、1人の人間に向かって仲間がまるで催眠術のように吸い付いていく。いつしかそいつの周りには円状にイスが並んだ。全員、腹を抱えて爆笑している。それも皆同じタイミングで。その中心で、熱く語る男。最初に目についた、あの奇妙なファッションの男。


〈こいつが中田で間違いない。〉


そう確信する以外無かった。

 その「カリスマ」ー中田敦彦、のちの慎吾の相方であるー は、バイト仲間たちが作る輪の中心に君臨し、爆笑をかっさらっていた。その様子は、テレビで見るさんま御殿さながらだった。いや、むしろそれ以上だった。
 ソバージュスタイルの中田。屋内の、夜中なのに薄いサングラスをかけている。オマケに服がとんでもなくダサい。赤いペイズリー柄のパンツ、ピチッとしたTシャツ。自称イケてる奴を誇示する慎吾から見て、その風貌はセンス云々を通り越して恐ろしい以外のなにものでもなかった。

〈あ、こいつ俺とは合わねぇ。。。〉

と思った。単なる直感だが、それを強烈に感じた。慎吾はいきなり話しかけようとはせず、その場の中心から少し離れた場所で様子を見守っていた。

しかし、運命か否か、中田は慎吾にこう話しかけてきたのだった。
「よう、目が茶色いね、ハーフ?」

『いや...違うけど。』
〈いや、すげぇなこいつ。もっと初対面の話し方があるだろ。やっぱ俺の直感は間違ってねえのか?〉

 だが中田は怯む様子もない。

「へえ...俺中田。よろしく。夜勤初めて?」
『二回目。』
「そう、わかんないことあったら何でも聞いて。」
『ありがと。』
「大学どこ?」
『明治。』
「あ、そう。俺慶応。」
『へえー。』
「サークルは?」
『テニサー。』
「だと思った。」

〈ある程度の常識はあるのか?まあ慶応だし頭もいいよな・・・〉
油断していた慎吾に、ここで中田はとんでもない話を持ち掛けてきた。

「どんなジャンルのAV好き?」

「は?」

一瞬言葉を失った。確実に初対面の人間にする質問ではない。

〈感覚が夜のテンションでぶっ飛んでんのか?いやそれでも初対面にしてはだいぶやってんな、こいつ。〉

友達が家に遊びに来た時に普通は玄関から入ってくるものを、二階の窓から入ってこられたような、そんな感情になった。しかし、マンツーマンで話している以上答えるしかない。慎吾は真面目だから。そういう話になってしまったのだから。
 慎吾は包み隠さず好きなジャンルもタイプもすべて答えた。慎吾の性癖は中田の想像をはるかに超えたもので、結構ハードなジャンルだった。だが仕方ない。言うしか彼と話す方法がないのだから。会話が先へ進まないのだから。
それを聞いた中田は、
「あっ、そう。」
と少し怯んでいるように見えた。

〈ありのままを話してやったのになんだその顔は。〉

赤っ恥をかいた慎吾は中田が怯んだスキをついて、ずっと気になっていることを仕返しのつもりで質問してやった。

『中田は...なんでサングラスしてんの?』
「え?」
『いや、だから、室内で、真夜中に、なんでサングラスしてんの?』
「え、いや、カッコいいから。」

衝撃だった。長渕剛イズムしか感じないファッションを「カッコいい」という中田。


「服はどこで買ってんの?」
『ウラハラ。』(※裏原宿)
「まじか。。俺怖くて行ったことねぇわ」
『別に怖くないでしょ。』
「じゃあ今度連れてってくれよ。俺基本マンガで服学んでるから。」
『"Smart"とか買えばいいのに』
「怖くて買えねぇよ。コンビニの店員にお前ごときがオシャレしてんじゃねーよって思われるじゃん」

また衝撃。これほどファッション雑誌を買うことに警戒心を抱いている人間を慎吾は今まで見たことがない。

『思わねーよ誰もそんなこと!』


 一通り話をした段階では「中田=奇人」というイメージが鮮烈に刻まれた。正直引いた部分もあったが、窪塚洋介(※俳優。慎吾はキムタクだけでなく、窪塚も気に入っていた)が好き、などと所々共通点はあったので、この後に映画を見に行く約束をした。この関係がどう転ぶか慎吾には皆目見当もつかなかったが、できるならさっさと関係を疎遠にしてもっとまともな友達を探すつもりでいた。

 時は過ぎ、その夜明け。慎吾は再び中田と会うために、バイクに跨っていた。ヤマハのTW。「ビューティフルライフ」でキムタクが乗っていたバイクだ。〈キムタクが乗ってるなら俺も乗る〉精神。ここでも慎吾は「キムタク」を追及し、いつもバイクを乗り回していた。
 一応いつ訪れるかわからない彼女との二人乗りのために、二個ヘルメットを買っていた慎吾は、急遽そのヘルメットを中田に被せることにした。

 夜勤明け、夏の朝、お互いに気持ち悪い服装(二人はそれぞれの自身の恰好に何とも思っていなかったが)。中田がやってきた。慎吾は中田に、そのヘルメットを渡した。

「小せぇなあ。入んねーよこれ」
『頭がでけぇんだろ!』
「うるせぇよ!入ったからいいけどよ」
『今度中田用に買っとくよ』
「わりぃ頼むわ。」

少年二人を乗せたTWは、重いなと言わんばかりに、めんどくさそうに走り始めた。二人で映画「ピンポン」を見に行く。二人の共通点、窪塚洋介が主演の映画だ。手っ取り早く仲良くなるには、公開中だった映画「ピンポン」に出てくる窪塚を一緒に観に行くのが妥当だった。慎吾の後ろでしがみついている中田は少しビビっているように見えた。案の定慎吾がその異変に気付いた数秒後、中田からSOSが飛んできた。

「早くね?!」
『早くねぇよ。普通だよ。』
「調子乗って絶対いつもより飛ばしてるだろ!」
『んなことねぇよ!バイク乗るの初めて?』
「おう、そうだよ!」

〈バイクの後ろにダチがよく乗るのって、やっぱ俺の思い込みかなあ〉

とか思いながら、慎吾たちのバイクは映画館へと向かっていった。
 案の定、「ピンポン」の窪塚はかっこよすぎた。ずっと、「ピンポン」の話で盛り上がって、窪塚なりきりごっこを一日中しまくった。劇中の仕草、言葉遣いを思い思いに演じ、渋谷のゲームセンターに行って、男二人で卓球を飽きるまでやった。

 ある程度卓球で疲れ果てたその流れで、中田は慎吾に、こう誘った。

「今から俺んち来ないか?」
『いいけど、場所は?』
「元住吉。」
『わかんないけど、多摩川超えるんだな?』
「そうそう。」
『じゃあ行ってみるよ。』

そういって、またバイクは走り出した。

「藤森!多摩川だ!来たなついに!」
藤森、と呼ばれるほどもうお堅い関係でも無くなったので、慎吾はこう言った。

『慎吾でいいよ!』
「わかった慎吾!!」
彼らは日に照って輝く多摩川を、バイクで更に渡っていった。心なしかそのバイクは、夜明けの走り出した時より軽い動きをしていた。

(2-02 関係 につづく...)


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