ツレがうつになりまして。を見て。

アマゾンプライムで。

ぼくもそうなのかな〜。と、薄々思いながら、今は生活している。
あのゴミのシーンも。
ぼくからしたら不思議なシーンではなかったのですが、個人的にはとても共感です。
捨てている方ではなくて捨てられている方です。

会社の横の席のチャラい男性が、見た目とキャラからは異なる行動をとってくれたのは救いでした。癒し系です。

この映画の設定とぼくの境遇との違いは、ぼくは家が原因で、今このように考えるようになっていることです。心落ち着く場所が全くない状態でした。
家にいても、
堺雅人のセリフを借りるならば、
「ここにいてもいいのかなぁ」
です。

しかし、ぼくの場合は
「お前なんかいなくなれ」(意訳含む)
だったので、ホント早く死にたかった。
過去形ではないですね。いまでも、死んだら喜ぶだろうなと。真剣に思っています。
だから、油断すると、このベランダから、落ちたくなります。

お風呂場で小さく膝を抱えていたシーン。
あれは、リアルについこの前していたのはぼくです。
あれ?同じことしてる。って、この映画を見ていくつのシーンで思ったことか?

明日のことも楽しみに生きていけないので、ほんと辛いです。
今日の苦しみが未来永劫続くような。
環境を変えても、心の中にまで追いかけてきます。だからこそ、周りはわからなくて、厄介なのでしょうね。

原因は会社だけのような雰囲気でストーリーが進んでいましたが、十ニ分に奥さんにも原因の片棒を担いでいるような気がしますけどね。

様々に見え隠れするパワーバランス。配慮のなさ。
遠慮はしなくても良いけど、配慮はしなくてはいけないのではないか?と、思います。

毎日、生きていて申し訳ないと、思いながら時が流れているのを感じています。