甘える人が与えるもの
実は私、「甘える」をダメだと思いがちでして。
しょっちゅう1人で抱えたり、Xで見る言葉を勝手に「甘えるな」と解釈したり。
典型的かはわかりませんが、甘え下手なのは間違いありません。
「甘える」は人とのやりとり
ちょっと考えてみると、甘えるって1人では成り立たないんですよ。
甘えさせてくれる人がいるから甘えられる。
そういうやり取りがある訳で。
やり取りがあるということは、甘える人も何かを与えているんですよ。
誰かに甘える人は、相手を立てるというか相手の器を大きくする感じがあります。
金欠気味でもおねだりされたら財布の紐が緩んじゃう、みたいな。
極端に言えば、甘える人は相手の器を鍛える師匠。
そんなイメージもできそうです。
器が育つとできることが増える
器が育つとできることが増えるもので。
説明もなく器ウツワと言っていましたが、寛大さとか包容力とかそういう方向で捉えてもらえば良いでしょう。
単純に視野が広がるんですよね。
とある作品で余裕のなかった子が一つ吹っ切れて、仲間を支えられるようになったシーンが挟まれていて。
視野広くなったねぇ成長したねぇ、と謎に親目線を持ったこともありました。
大人が甘えるだけ、は難しいけれど
「甘える」にこういう良さあるよね、と言ってきて何ですが、大人になって甘えるに全振りするのは難しいです。
世の中的に「こうあるべし」というのはどうしてもあって、甘えるだけの大人はおや?と思われてしまうでしょう。
逆に大人は一切甘えちゃいけないんだ!と気張りすぎると息苦しいので、結局「適度に」って言い方にはなります。
甘える人は誰かの厚意を受け取るだけじゃなくて、その人に何かを与えてもいるんです。
「甘える」の言葉を使いたくないなら、「頼る」とか色々言い換えはできますし。
甘えるは恥ではないのです。
読んでくださりありがとうございました。
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