全知

 俺は、全知全能…ではないか、でも、「全知」だ。俺は全てを知っている。
 ニュースがいう。
「昨日の午後6時ごろ、〇〇県〇〇市において、16歳の男子高校生が、何者かによりナイフで刺され、重傷を負う事件が発生しました。…高校生は以前意識が……犯人は未だ逃走中で…」
俺はこの犯人が誰だか知っている。そいつが、今何をしているのかも。そいつがこれから先、いつ捕まるのかも。…おっと「捕まる」って言っちまった。だが、そうだ、奴は捕まるのさ。
 道を行く大学生がいう。
「推しのライブチケットの抽選に応募したのよ、ほんと頼むから、当たってほしいのよ!あらかじめバイトも休みにしたんだから!」
あああ、残念だ!君は「落選」なんだ!しかしあえて黙っておこう。知らない方が幸せだ。だが、君は「落選」だ!
 「ああ、私大学受かったかな…」「今日雨降るの?」「私って、いつ死ぬのかな。」「明智光秀ってなんで信長のこと殺したんだろうね?」
道を行く人々、クラスメイト、同じ電車の乗客が、あれこれと不思議に思い、悩み、心配し、推論する。
 ああ、だが俺は全て知っている!だが俺はあえて「黙っている」!あああああああああああ言いたい!言いたい!言いたい!!言いたくて仕方ない!!!
 そこの君!君は78歳の12月24日、家の階段6段目で足を滑らせてそのまま転落して頭を打って死ぬのだ!
 そこの君!君はなんて不幸なんだ!君の彼女は、他の男と寝たぞ!彼女はいい笑顔だ!君はそのことで4日後、彼女と揉めることになる!そして…君は彼女を殺す!何度もその手で殴って、殺す!
 だが!俺は黙っていよう。この、秘密を自分だけのものとして隠し持っているという特別!誰も知らないことを俺だけが知っているというこの優越感!この恍惚のために俺は全てを我慢しよう!全ての真実を秘密にしてみせよう!
 俺は全知なんだ!俺はこの世で最も特別だ!
 ああ、優越!

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