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なぜ本宮大輔の親友兼ジョグレスパートナーは高石タケルではなく一乗寺賢だったのか?タケルにとっての大輔と賢とは?伊織との関係性も考察

一昨日の記事のコメントで「石田ヤマトと八神ヒカリが実は02でデジモンカイザーとして敵になる予定だった」というさき姫さんからのコメントをいただいたことで、02の4話の件が氷解しました。
大輔に対してやたら辛辣な態度をあの2人が取っていたのは大輔とタケルがライバル兼親友になるための伏線というだけではなく、その2人こそが実はデジモンカイザーになる予定だったというのは納得です。
なぜその2人だったかは謎ですが、あれかな、当時流行っていた「ポケモン」のロケット団であるムサシとコジローポジションをやらせようという狙いがあったんですかね?

まあ、「ポケモン」のムサシとコジローの方がヤマトとヒカリなんぞよりも1億倍魅力的ですけどね!(爆)

それは置いておくとして、現在「02組+α」でアドベンチャーシリーズをやって見たら?というIFを考えた時に、1つネックだったのはやはりこれも大輔ファンとしては避けて通れないであろう、高石タケルと一乗寺賢との関係です。
大輔と賢がなぜ親友兼ジョグレスパートナーになれたかというと、単純に「話の都合」で元々はタケルがその賢ポジションになる予定だったのが全く違う方向に行ってしまったと関弘美はインタビューで語っていたといいます。
そもそも無印との比較を抜きにしても「02」は全体的にキャラもシナリオも行き当たりばったりで作っている部分が多く紆余曲折が多いのですが、そんな中である種の奇跡の存在が本宮大輔という主人公でした。
そして最終回で明らかになっていますがアニメのアドベンチャーシリーズはあくまでも「高石タケル史観論」で作られているので100%の史実ではないこと自体は初期から決定されていた既定路線です。

今回はその辺りについてメタ的な「話の都合」という視点ではなく敢えてキャラクターが持ちうる行動原理や心理などから考察するという無謀にも等しい行為をやってみようと思います。

※言っておきますが、当方はタケルをはじめ無印組が大嫌いであることには一切変わりなく、彼を擁護する気は一切ありませんので、その点をご了承の上でご覧ください。


(1)無印から02の描写で伺える高石タケルの人となり

まず「02」の高石タケルを理解する上で大事なのは「彼にとって本宮大輔と一乗寺賢はどう見えていたのか?」であり、それを理解する上ではどうしても避けて通れないのが無印の頃からのタケルの描写です。
無印の頃の彼は兄のヤマトよりも太一に憧れを持ち、2クール目ではひとりぼっちになった時に太一が現れて「僕を太一さんの弟にしてよ」などととんでもない爆弾発言をかましています。
これをもしヤマトが聞いていたらとんでもないことになるでしょうし、実際アズマケイさんの「おれとぼくらのあどべんちゃー」ではこれが原因で大輔と険悪な関係に発展してしまいました。
色んな感想や考察でも指摘されることですが、タケルは兄のヤマトではなく太一に似ていて、普段のドライで淡白な感じやいざという時に見せる胆力などは太一から学んだ部分でもあります。

実際にダークマスターズ編では太一と一緒に行動していたのもあってピノッキモン相手に「君、友達いないでしょ?」なんて正論で痛いとこ突いてますが、これが「02」だとあのデジモンカイザーをぶん殴るシーンに繋がっています。
ファンからは「02はタケルが暗黒進化した」「あんなに可愛かったのに」という風に言われることが多いですが、元々彼は無印の頃からああいう太一に似た淡白でドライな合理主義者の側面を持った子として描かれていました。
それが「ウィルス種=闇への嫌悪」を拗れさせ肥大化させた結果ああなっただけのことであり、しかも太一と違って割とねちっこいというか賢のことも奥底で滅茶苦茶根に持っていましたからね。
その癖「命にはね、いいも悪いもないんだ」などといった分かった風なことを言っているもんですから、私からしたら「実行力と結果が伴わない八神太一」でしかないのですよ。

なぜこうなってしまったのかというと考えられる転機は2つあって、1つは彼が5歳の頃に両親が離婚したことがトラウマになって「喧嘩」というものが苦手になってしまったことです。
「子供の喧嘩は仲直りできるけど、大人の喧嘩は仲直りできない」というのをここで彼は学ばされたわけですが、実際は子供の喧嘩であろうが大人の喧嘩であろうが仲直りできるものとできないものがあります
よく「喧嘩するほど仲がいい」と言いますし実際太一とヤマトは「喧嘩しなきゃ友達にもなれない」と言って大輔とタケルの取っ組み合いの喧嘩を止めませんでしたが、これはあくまでも経験則に基づく結果論でしかありません。
太一とヤマトの場合はたまたま3年前の冒険を通して親友になれましたが、それは双方に(というかだいたいはヤマトの方に)「相手を理解しよう。友を信じよう」という「友情」の試練があったからでした。

逆に言えば「相手を理解しよう」という前向きな意思のない喧嘩は単に破壊しか生まないのであって、しかし当時小学2年生でしかないタケルにそのことを理解しろったって子供ですから無理な話です。
そんなタケルが兄とそのライバルが親友になるのを間近で見て1つの「希望」を抱いたことは間違いないでしょう、いがみ合っていた相手が親友になれるならいつか壊れた家庭も元に戻れるんじゃないかと。
そしてもう一つは有名な13話のデビモンとエンジェモンの件でエンジェモンが我が身を投げ打つ自己犠牲に出たことであり、ここでウィルス種=闇=悪という価値観が彼の中に根付いてしまったのです。
だからタケルの心はおそらくこの8歳の段階で、否、もっと言えば5歳の時に止まってしまっていて、そこから抜け出せないまま小学5年生になってしまった「大人ぶってるガキ」でしかありません。

デジモンカイザー相手に「大人になんないとね」とか言って追い詰めてましたけど、これは完全なブーメランであり、タケルこそが実は一番精神的に幼い「子供」に他ならなかったのです。

(2)高石タケルにとっての本宮大輔と一乗寺賢

上記を踏まえて、それでは高石タケルにとっての本宮大輔と一乗寺賢を見ていきますが、まず一乗寺賢に関しては単純に「倒すべき敵」としか映っていなかったのではないでしょうか。
少なくともカイザーの基地に襲撃をかけて馬乗りになってぶん殴った時点では間違いなく「敵」以外の何物でもなかったでしょうし、そこは太一も「どうすれば奴を叩ける?」と言っていたので同じことです。
実際関弘美をはじめとするスタッフはインタビューで「02の主人公が大輔ではなく太一だったら、容赦なくカイザーを倒した挙句に放置するであろう」と語っていて、それは事実でしょう。
大輔がとても早い段階で一乗寺賢を「倒すべき敵」ではなく「等身大の少年」だと見抜き、「デジモンカイザー」は決して本質ではないと見抜いていたのとは対照的です。

一方でタケルにとっての本宮大輔は最初の段階で「ゴーグルをつけた太一と似ているサッカー少年」であり、「そのゴーグルかっこいいね」なんて言っていたことから間違いなく好意(BLじゃない)はあったでしょう。
そして願わくば、かつての太一とヤマトのように大輔と親友になれたらなあと淡い期待というかそれこそ「希望」を抱いていたのではないでしょうか、彼と親友になれれば家族も元通りになるかもしれないと。
しかし、タケル本人には上記した2つのトラウマからメンタルブロックがかかっていて、大輔と喧嘩をしたところで大輔とタケルの双方に「歩み寄り」というか「相手を理解しよう」というつもりがありませんでした
ここが太一とヤマト、そして大輔と賢との大きな違いであり、形は違えど正反対だった太一とヤマト、そして魂の双子でありシンメトリーな大輔と賢が親友になれたことの共通点は「相手を理解しようという歩み寄りの精神」です。

これこそがタケルに最も足りなかったものであり、だからタケルが大輔に好意がありながらも親友になれなかったのはいわゆる「恋に恋している状態」だったのではないでしょうか。
要するに大輔のことを見ているようでいて、結局は「大輔を親友だと思っている自分が好き」なのであって、大輔とは違って真に相手に寄り添おうとしていません
また、大輔にとっても良い子の面しながら奥底で何考えてるんだかわからないようなタケルよりも、カイザーとしての過去を悔いながら罪を償おうとしている賢の方が分かりやすいのでしょう。
しかも賢は大輔とは違って勉強もスポーツもできるエリートなので能力的にも大輔に足りないものを絶妙にカバーできるわけであり、相性は間違いなく100%どころか120%であると言えます。

タケルにとっては胸中複雑でしょう、「倒すべき敵」としか思っていなかった奴に自分が「親友になりたい」というクソデカ感情を抱えていた人を取られてしまったのですから。
しかもジョグレスパートナー兼親友という最も屈辱的な形で……まあ大輔とタケルがジョグレスパートナーになってエクスブイモンとエンジェモンがジョグレスしても気持ち悪いだけなので結果的にはそれでよかったのですが。
だから大輔と賢のフラグが立ってしまったことでタケルの中にあった僅かな「希望」が潰えてしまい「闇への嫌悪」だけが残ってしまったのですが、そんな彼の唯一の「救い」「希望」が火田伊織でした。

(3)伊織がタケルのジョグレスパートナーとなった理由

ここまで見ていくと、タケルのジョグレスパートナーが火田伊織だった理由も分かる気がします、ある意味でタケルの最も幼き精神面を映し出していたのが伊織だったのではないでしょうか。
というのも伊織もまたタケルと似た過去のトラウマがあって、それが優秀な警察官であった父親の殉職であり、彼の心の中でずっとトラウマになっていたものです。
伊織は最年少でありながらとても似つかわしくないくらい老成した感じの子として描写されていましたが、実はタケルと同じくらいに精神面で最も幼き子供でもあります
一番わかりやすいのは大輔と賢がパイルドラモンへのジョグレス進化を果たした時に言った「でも、何も一乗寺さんとジョグレスしなくてもいいのに」というセリフです。

伊織のこのセリフはおそらくタケルも奥底で思っていたセリフであって、やはり「大輔をかつて敵だった人間に取られた」という嫉妬・羨望が少なからずあったのでしょう。
もしも伊織があの場でこのセリフを言っていなかった場合タケルがそれを言っていた可能性があり、そういう意味でも伊織はやはり「背伸びしたガキ」でしかありません。
そんな彼だからこそ幼馴染に大輔と京がいてくれるのは大きいわけで、この明るい2人がそばに居てくれたから伊織は自分を見失わずに済んでいるというのがあります。
タケルと同じように正義感が強いけれどそれが暴走しがちという点でも共通しているこの2人がジョグレスパートナーとなったのは本質的にやはり似た者同士だからでしょう。

1つ面白いのは02組のジョグレスパートナーは大輔・京・伊織がそれぞれ賢・ヒカリ・タケルをメンタル面でケアしながらリードする関係性であるということです。
何かとめんどくさい闇を抱え拗らせがちな陰性の強い内向的な3人と外向きの陽性が強い3人の組み合わせですが、伊織とタケルにはもう1つ決定的な差が終盤で生まれました。
それは及川の件のことであり、あそこで闇や暗黒を嫌悪していた彼の中の幼き正義感が1つ相対化され、単純な善悪で割り切れない複雑性があることを学んだのです。
そしてそれがきっかけで伊織は弁護士を目指すようになるのですが、タケルは、というかタケルとヒカリはそういう「価値観の相対化」という次へのステップを踏めずに居ます

これがより明確な格差となっているのが「ディア逆」以降の映画「Tri.」「ラスエボ」「THE BRGINNING」における無印組と02組の扱いの差ではないかと思いました。
どんな価値観の持ち主、相手であろうと決して諦めることなく踏み込んで理解し、本人たちにその意思があれば救済しようとする02組に対して、そういう意思が全くなく敵と見なすや容赦なく叩き潰す無印組。
「THE BEGINNING」の主人公が無印組だったら大和田ルイとウッコモンの救済は不可能だったでしょうし、逆に「Tri.」の主人公が02組だったら望月芽心とメイクーモンは救済できたかもしれません。
なるほど、だからデジタルワールドは無印組を「ラスエボ」で強制的に別れさせたんですね、「価値観をきちんと相対化して出直してこい!」という感じで。

02組はもうその試練を既に原作後半の段階でクリアしているしデジタルワールドに多大な貢献をしてくれてるから別れる必要もなく、各自が夢に向かっているということなのでしょう。
以上が02のタケルにとっての大輔と賢、そして伊織ですが、こうして見るとタケルのみならず02の無印組って精神面が全く成長してないですね(笑)

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