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孤高を貫く湘北のスーパールーキー・流川楓に見る「語らずして語る」美学

昨日、「スラムダンク」の三井寿についての記事を書いたところ、是非とも他のキャラクターについてもコラムを書きたくなってみた。
来月には新作映画も公開されることだし、ここで一度は湘北高校をはじめとする「スラダン」のキャラクターの魅力を語ってみるのも一興だろう。
さて、第二弾は誰にしようかと迷ったが、私の中でビビッと反応が来たのは湘北高校バスケ部の絶対的エース・流川楓という男についてである。
この男の凄さはもう当時から散々語られて来ている気がするが、その格好良さというのがどうも「2枚目」だとかプレイの派手さとかばかりのような気がしてならない。

しかし、私が感じている流川楓という男の魅力は何と言っても「語らずして語る」美学、すなわち「バスケットの申し子」を体現するその生き様にある。
彼は湘北の他のメンバーはもちろん他校のライバルたちと比べても喜怒哀楽がほとんどなく、またそのプライベートも過去も殆どが謎に包まれている。
それにも関わらず圧倒的な存在感を誇り、バスケット漫画としてのスラムダンクという作品そのものの柱にもなってくれたと私は思う。
前回の記事で触れた三井寿との比較なども交えながら、改めて流川楓という選手の生き様に焦点を当ててその魅力を語ってみたい。
尚、流川は私の中で思い入れが非常に強い人物であるため、ともすれば贔屓気味に語ることになることを予め書いておこう。

孤高で無愛想、しかし実力は超一流

流川楓という男は基本的に無愛想で傲岸不遜な性格の男であり、たとえ相手が誰であろうと決して頭を下げないし媚びることもない。
第一印象も不気味で、自己紹介の時にあの堀田番長相手に「何人たりとも俺の眠りを妨げる奴は許さん」という一見さんお断りスタイル
冷静沈着かと思いきや、話し合いなどすることなく擦った揉んだの殴り合いに発展するなど、非常に好戦的で人によっては怖いと思った人もいるだろう。
しかも喧嘩の腕も決して弱くはなく、あの中学時代にブイブイ言わせていた桜木と対等に殴り合えている時点でパワーもフィジカルも化け物じみている。

牧をかわしてダンクを決める流川

しかし、その鉄仮面の裏に隠されたバスケットの実力はお墨付きであり、湘北のみならず神奈川並びに全国でも彼に匹敵する実力を持ったプレイヤーは指で数えるほどしかいない。
1 on 1で流川と対等に戦えるのは陵南の仙道、海南の牧、そして山王の沢北ぐらいであり、その圧倒的な実力の前には思わず誰もが刮目してしまうほどである。
特にその流川の恐ろしいバスケットセンスが垣間見えたのは海南戦前半、神奈川No.1と言われる牧を相手に一旦戻して再びダンクを入れるという神がかりのテクニックを見せた時だ。
流川以外でオフェンスにおいて、しかも前半ラストという1つめの山場でこんなことができるプレイヤーなどそうそういないだろう。

この1プレイに記者の相田は「セルフィッシュ(自分勝手)というレベルではない。彼はゲームを支配している」と評し、あの三井寿ですら「海南を捩じ伏せちまってる」と驚いていた。
さらに扇子を持って余裕綽々の態度を蒸していた高藤監督は流川の恐ろしさに焦りを隠せず、最終的には扇子をボキリと折ってしまう程だから、もはや超一流のバスケットプレイヤーだ。
世が世なら「最強の実力を隠し持った陰キャ」と評されそうなものだが、流川はバスケットにおいてそのような出し惜しみをしたり手を抜いたりするような選手ではない。
どんな時も、どんな相手に対しても全身全霊をかけて挑み、ここぞという時にバシッと決めてチームを勇気付け逆転の突破口を切り開いてくれるのだ。

そりゃあ流川親衛隊のみならずあの赤木晴子までもが惚れてしまうわけであり、ルックスもスタイルも実力も全てにおいて申し分ない資質を持ち合わせている。
「スラムダンク」が多少の脚色などはありつつもバスケット漫画として「かっこいい」と認められるのはひとえに流川楓という選手の超一流の実力が大きい。
彼のプレイに読者はもちろん富ヶ丘中の後輩たちも夢中になってしまい、「流川なら何とかしてくれる」という信頼感がそこにある。
だからこそ赤木も「流川は本物だ」と認め、陵南との練習試合でも仙道というエースを当てられるほどに期待をかけていたのだ。

表面上の寡黙さの奥底に潜むバスケットへの飽くなき情熱

超一流の実力とセンスを持ち合わせている流川だが、何と言っても彼の最大の魅力は表面上の寡黙さの奥底に潜むバスケットへの飽くなき情熱ではないだろうか。
彼の内面は三井や桜木、赤木ほど詳細に描かれているわけではないが、それでも間違いなくバスケットに対して真摯に向き合っていることが伺える。
上記の富ヶ丘中の後輩たちも「何も言わないけど、その強気なプレーでチームを引っ張ってくれていた」と語られており、決して実力だけの男ではない。
そのことは物語の序盤、体験入部で流川が2・3年生に混じって練習試合をした時に彩子姉さんが流川の性格についてこう語っている。

密かに闘志を燃やす流川

これは流川のジャンプシュートを赤木に防がれてしまい「可哀想」と流川を心配する晴子に対して言った台詞だが、流川はやられっぱなしで終わる男ではない。
普通赤木ほどのカリスマ性とパワーを持った選手に対してその多くが萎縮してしまうであろうが、流川はむしろ闘志を漲らせて倍返しするつもりでいる。
そしてお返しと言わんばかりに流川は持ち前のテクニックとセンスで赤木を出し抜いて綺麗なダンクを放ち、周囲を完全に黙らせてしまう。
実力以上にメンタル面が何と言っても素晴らしく、相手が強いからと絶望するのではなく勇猛果敢に挑んでいくその姿勢こそが流川の流川たる所以だ。

特にその流川の精神面が表面化してくるのは全国大会前に安西先生にアメリカ行きを相談するところである。
ここで流川は更なる高みを目指すためにアメリカ行きを相談するが、安西先生によって「それは逃げではないか」とバッサリ断られてしまう。
しかし直後に「とりあえず、君は日本一の高校生になりなさい」との助言をいただくと、ここから流川は闘志を表面化して練習に挑むようになる。
その姿勢は鬼気迫るものがあり、もはや何者も寄せ付けない圧倒的なオーラを周囲に感じさせるが、それは流川が決してわがままということではない。

日本一のバスケットプレイヤーになるには脇目も振らず孤独に、そしてストイックにバスケと向き合い己を高め続けることが必要である。
色恋沙汰だのに浮かれている暇はとてもなく、また自分が周囲から見てかっこいいと褒めそやされても全く眼中にない。
頭の中はとにかくバスケ一色であり、彼はその意味で「バスケットの申し子」「バスケットそのもの」と言えるであろう。
流川楓=バスケットと断言できるほどバスケに全てを賭ける飽くなき情熱が流川を真にかっこいい男たらしめているのだ。

欠点らしい欠点の見当たらない男

そんな流川楓だが、他の選手と比較してわかるのは欠点らしい欠点が性格面と実力面の双方において見当たらないということである。
他の湘北バスケ部のメンバーと比較してみると、他の選手はバスケットに対して何らかの屈折した思いを抱えていることが劇中で示されていた。
昨日書いた三井はその典型で「落ちたエリートの再生(新生)」という屈折した苦々しさを抱え、常に過去の自分を乗り越えることが宿命になっている。
2年生のポイントガード・宮城リョータはゲームメイクのセンスとスピード・クイックネスは一級品だが体が小さいというハンデを抱えている上、バスケの動機が「彩ちゃんに認められたい」という不純なものだ。

主将・赤木は持って生まれた身体能力とパワー・カリスマ性こそあるがその厳格さ故についていける人は少なく、また長きにわたってチームメイトに恵まれなかったという苦労と挫折がある。
木暮もまた赤木と同じようにチームメイトに恵まれないし才能もそんなにない中で必死に頑張るしかなかったし、桜木は素行不良な上に初心者、しかもバスケの動機が「晴子さんに認められたい」という不純なもの。
こんな風に多かれ少なかれ湘北のバスケ部のメンバーがバスケットに対して切ない思いや報われない思いといった屈託を抱えながらバスケと向き合っているのだが、流川だけは違う
流川にはそのような屈託や挫折といったものが一切なく、チームが負けて「悔しい」と思うことはあってもバスケットに対しては素直に貪欲に取り組んでいる。

また、実力やセンスがあるからといってそれに現を抜かしたり満足したりするようなタイプではなく、常に自分を戒めて孤独に裏で凄まじい努力を重ね続けていた。
これに関しても例えば中学時代〜高校1年の頃の三井は自信満々故に増長しがちだったし、桜木と宮城は承認欲求から来るええかっこしいな部分が雑念として邪魔する時がある(特に桜木のそれは酷い(笑))。
そして赤木もまた激昂すると感情的になって自分を見失いやすいところがあるのだが、流川はそんな中でも中立的であろうと己を厳しく諫めながら黙々とバスケに取り込む。
桜木が2万本の特訓の末に身につけたミドルレンジのジャンプシュートを「何百万本も打ってきたシュートだ、体が覚えてら」とサラッと言ってのける。

盲目ハンデを背負ってもシュートを決める流川

何が言いたいかというと、流川は決して自分の強さや実力・センスに溺れることなく真面目に取り組んでおり、それが最後まで崩れることはなかったということだ。
普通ならば桜木のように実力が身についてステージが上がれば増長してひけらかしても良さそうなところを、流川は決してこれ見よがしにひけらかしたり浮かれたりしない。
勝って兜の緒を締めよ」を赤木と並んで実行している男であり、この「言葉で語らずプレーで語る」という美学に世の男たちがどれだけ痺れ憧れたであろうか。
強いて欠点を挙げるなら私生活での居眠りが酷いことと勉強が疎かなことくらいだが、少なくともバスケットに関しては流川にこれといった欠点は見当たらなかった。

日本一の高校生になった流川

流川の弱点や欠点が露呈したのが全国大会の山王戦であり、ここで初めて沢北という「もう一人の流川楓」を通して彼の本質が浮き彫りとなった。
流川楓のバスケットにおける唯一の欠点は「オフェンスに固執してしまうこと」であり、これは海南戦の段階で既に相田記者が指摘していたことである。
そしてそれが更に浮き彫りになったのが全国大会の前であり、安西先生はアメリカ行きを相談した流川に対して「君はまだ仙道くんに及ばない」と容赦無く言い放った。
その意味がわからなかった流川は全国前に仙道と1 on 1を夕暮れまで続け、その時に仙道に以下のようなことを指摘されている。

流川の欠点を真っ向から指摘する仙道

湘北というチームは確かに陵南に勝った、しかし個人として見た時に流川が仙道に及んでいなかったのは「周囲に頼ること」を怠っていたからだ。
なまじ1人で海南を捩じ伏せるレベルの実力があるからこそ、流川の中には必要最低限以外を除いて「味方にパスをする」という選択肢が存在していなかった。
もちろん決してバスをしないわけではないが、それはあくまでも「自分一人じゃ敵わないから仕方なく」ということであり、可能なら1人で得点するのが流川だ。
だが、仙道は必ずしもオフェンスに固執することなく、必要とあらばポイントガードに回ったりディフェンスに回ったりすることもある。

この性格面も含む器用さや視野の広さが流川に唯一欠けていたものであり、それが流川以上の絶対的なエースとして立ちはだかった沢北の前で明らかとなった。
ここで初めて流川は一人で挑み続けることの限界を知るのだが、ここで普通なら絶望しても良さそうなところを流川は不敵に笑い、宣言する。

不敵に笑う流川

流川は沢北を前に「ここでお前を倒して俺もアメリカに行く」と宣言するのだ……普段多くを語らない流川が珍しく自らの決意を口にした瞬間だ。
これは桜木の「山王は俺が倒す!」や赤木の「目標は全国制覇」とは異なるものであり、あくまでも個人的な野望を口にしたに過ぎない。
だが、けたたましく吠える、おらぶことがキャラクターとなっている桜木や赤木のようなストレートな熱血漢が言うのとは訳が違う。
桜木や赤木の場合はチーム全体の士気を上げて鼓舞するための叱咤激励であるのに対して、流川のそれは「実現可能な目標」である。

多くを語らない流川

普段多くを語らない寡黙な男だからこそ、いざ口にする一言一言に凄まじい圧と重みがあり、ここから流川は更に跳ね上がった。
まずは赤木をはじめとする味方にパスすることを覚え、最後は決してバスをしなかった桜木に対してすらパスをする。
更には沢北がアメリカの遠征合宿でブロックをかわすために身につけたティアドロップシュート(桜木曰く「へなちょこシュート」)までそっくりそのままやり返す。
単なる湘北の1エースから日本全国区レベルの選手へと飛躍を遂げた瞬間であり、全国終了後日本代表の選抜合宿にも選ばれていた。

名実ともに日本一の高校生となった流川だが、最初から最後まで正統派「かっこいい」を貫き通したバスケ選手である。
荒削りで素人ながらもその成長物語がわかりやすい桜木とは違い、寡黙に己のバスケット街道を邁進し続ける孤高の男。
そんなハードボイルドな男の理想と憧れをこれまでになく体現した男はジャンプ漫画はもちろん他のスポーツ漫画でも見当たらないであろう。
挫折とそこからの這い上がりを経験した三井とはまた異なる男の美学が詰まった唯一無二の「バスケットの申し子」、それが流川楓という男である。


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